第23話 優矢は優矢ではない?

「……んっ?」

「……った、貴継。気付いたか?」

「……ノヴァ?」


 声を聞くだけで誰かわかる程度には、ノヴァと一緒にいる時間が長くなっている。俺が目を覚ますと、目の前に銀髪の美男子がいてびっくりしたけども。


「……イケメンだな、ノヴァ。かっこよすぎてびっくりした」

「何だそれは? まあ、それだけ喋れるなら大丈夫だな」

「起きたんだね、貴継。喉乾いてない?」


 ひょっこり顔を見せたのは、こちらも見目麗しいセーリだ。何だか眩しさを感じながら、俺は見慣れた青年に向かって返事をする。


「セーリも……。うん、少し乾いてる」

「はい、水だけど」

「ありがとう」


 起きたばかりだからか、少し声がかすれている。俺は受け取ったコップの中の水を一気に飲み干して、ふぅと息をついた。

 気持ちが落ち着いて、ようやく何故俺がここにいるのか気にかかる。俺はさっきまで、博物館近くの公園の外にいたんじゃないのか。そして……。


「――そうだ、優矢! 優矢は!? っ、ゴホッ」

「落ち着いて、ほら深呼吸。吸って……吐いて……」

「……」


 咳き込んでしまった俺の背中を撫でて、ノヴァが深呼吸を促してくれる。何度か深く呼吸を繰り返し、俺は嫌な予感を覚えながらもどうにか少しだけ落ち着くことが出来た。ありがとう、そう言うと、ノヴァは少し困ったように微笑んだ。


「叫んでごめん。俺、どうやって城に帰って来たんだ? 博物館の近くの公園からここまで、自分の足で歩いて来た覚えはないんだけど」

「それは」


 何かを言いかけたセーリが、ちらりとノヴァを見る。その視線に気付いたノヴァが、小さく頷いて俺を正面から見つめた。


「貴継、何があったのか話す。落ち着いて聞いてくれるか?」

「……頑張りはする。だけど、そんなことを言うってことは、俺が取り乱す可能性のある話っていうことだよな?」

「そういうことだ」


 ノヴァに首肯され、俺はもう一度だけ深呼吸した。これは、考えたくなかった事態が起こったかもしれないということ。不整脈のようにドクドクと胸の奥が痛いが、知りたいという欲求はある。

 俺はノヴァに「教えてくれ」と頼んだ。


「わかった」

「僕も、補足するという形で言葉を挟むよ」


 セーリもやって来て、俺が座ったベッドの横の椅子に腰かけた。彼の隣には、既にノヴァが座っている。

 緊張をはらんだ空気の中、ノヴァの低く落ち着いた声が響く。


「まず、貴継を城まで連れて来たのは、ユニオ・メージルアというきみと同年代の青年だった」

「……ユニオ・メージルア? そんな奴、あそこには」

「いたんだよ、貴継」

「セーリ。え、だって……」


 もしかしたら、という考えは浮かんでいた。しかしそれは物語的過ぎるし、まさか優矢の身に起こるとも思えない。あり得ないと信じたかった。

 冷汗が背中を伝う。無意識に、俺は唾を呑み込んだ。


「ユニオ・メージルアは、隣国ベラスティア王国の貴族、メージルア家の養子だと言っていた。最近拾われて、その家に厄介になっているのだと」

「隣国……養子? 拾われたって……」

「俺たちは貴継のことを知っているから、貴継がこんなに必死に話すことが嘘であるはずはないと知っている。だから、こう考えたんだ」


 混乱する俺の耳に、ノヴァの声が入って来る。嫌だと思っても、拒否出来るものではない。


「ユニオ・メージルアは、数か月前までの記憶が一切ないと言っていた。だから、きみを運んで来た時にすまなそうにしていた。『もしも自分が彼の言う『ユウヤ』という名であったとしても、覚えていないから返事が出来ない』と言って」

「――嘘だろ」

「おそらく、彼は貴継の親友である『優矢』という人物と同一人物だ。しかし彼が記憶を失っているというのならば、貴継の声に反応しないのも頷ける」

「……優矢は、記憶喪失になっていると?」

「ああ」


 俺はもう一度、気を失いそうになった。目の前がブレて、ベッドに仰向けに倒れ込む。ノヴァとセーリが「大丈夫か」と尋ねてくれて、自分が倒れたことに気付いた。それくらいには、深く動揺している。


「優矢は、今ユニオ・メージルアという名前……。じゃあ、俺の声が届いていないわけではなかったんだ。でも、記憶喪失だなんて」

「ちなみに、隣とはいえ外国の出身者がこの国にいる理由は、明後日王国の国々による話し合いが行われるから。複数人で宿に泊まっているんだとユニオ・メージルアさんは言っていたね」

「……どうしたら」


 俺は頭を抱えた。優矢が記憶喪失になって、ユニオ・メージルアと名前を与えられた。それが本当であった時、自分はどうすべきなのか。

 ノヴァとセーリが、心配そうに俺のことを見ている。二人の心配が心からのものだと知っているから、申し訳ないと共にちょっと嬉しい。


「貴継……」

「大丈夫かい?」

「大丈夫かっていわれたら大丈夫じゃないよ。だけど、ここで足を止めるわけにはいかないよな」


 上半身を起こし、俺はノヴァの方を見た。


「ノヴァ」

「優矢くん、ユニオ・メージルアのことだな?」

「そう。彼に、明後日の話し合いの時にこの王城で会える?」

「……会えるよう、こちらからも働きかけておくよ」

「ありがとう」


 ユニオ・メージルアと直接話をするのなら、明後日がチャンスだ。俺はどうしたら優矢の記憶を取り戻せるかを考えながら、もう少しだけ休むようノヴァたちに促され、目を閉じた。

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