第22話 博物館
優矢らしき人物を目撃した翌日、俺は朝から王都に出ていた。
昨日は気もそぞろで、厨房で何度か小さなミスをしたんだ。普段しないようなものばかりで、俺自身が戸惑うくらい。
「……貴継、今日はもう戻れ。で、明日友だちを捜しに行ってこい」
「え? あ……はい、そうします」
流石に割るのを失敗して卵の殻を三回もボウルに入れてしまった時、ロイドルさんが呆れてしまった。あれ、地味に取るの面倒なんだよな。
ロイドルさんを始め、スージョンや他のメンバーにも言われて、俺は厨房を後にした。それからノヴァたちのところへ行くと、明日も半休したら良いと言ってくれた。
「気になるんだろう、貴継?」
「え? ……うん。でも、良いのか?」
これでも一応、ノヴァの仕事を手伝わせてもらっている身だ。私情を挟むのはどうなんだと思うのだけれど、それを言うと何故かノヴァが視線を彷徨わせた。
「……ノヴァ?」
「あー、いや。私情をと言われると、立つ瀬がなくなるというか」
「は?」
何でノヴァが狼狽えるのか。俺が言及しようとしたところ、セーリに待ったをかけられた。
「気にしないで、貴継。つまり、気にせず行ってこいということだよ」
「そ、そういうことだ!」
「……そ、そうなんだな。ありがとう、ノヴァ。セーリも」
いってきます。俺は二人に感謝して、早速部屋に戻って王都へ行く支度をする。何を持って行くべきかはわからないから、財布とかだけショルダーバッグに入れて行こう。
「あ、そうだ。昼頃には戻るからって伝えておかないといけないよな」
はたと気付いて、俺はもう一度ノヴァの執務室を訪ねることにした。扉の前でノックしようとして、中から聞こえて来た声に手を止める。
「……ら、私情って言葉に過剰反応したんだよね」
「言うな、セーリ。ちょっと寂しかっただけだ」
「それには、僕が妬いちゃうけどなぁ」
(……忙しいかな。って、別にノヴァは寂しがらなくても良いのにな。俺もセーリも、離れたりしないのに)
俺はかえって来てから報告することにして、そのまま部屋に戻った。早く起きないと、そう思って早めに布団を被る。気になって眠れないかと思ったけれど、意外とすぐに眠りに入ってしまった。
そして、翌日。今日は、スージョンが優矢に似た人物を見たという博物館に行く。
そういえば、スージョンは博物館が好きなんだろうか。何か気になる展示をしていたのかもしれない。博物館や美術館の展示は、週替りや月替りでどんどん変化していく。だから、昨日と今日の展示物が違う可能性は十分あるよな。
「次の角を曲がって、次を曲がらずに真っ直ぐ……。あ、あれか?」
人混みの中、俺は調べた王国立博物館の前に立つ。それは、ギリシャの世界遺産の神殿のような優美さと威圧感を持つ建物だ。建築に詳しければ、何に近いとかわかるんだろうけれど、俺にはさっぱりわからない。
「あそこが発券所かな」
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「はい」
「承知致しました。……いってらっしゃいませ」
発券所の女性から券を買い、俺は博物館に入った。一緒に貰ったパンフレットによると、今は『料理道具の古今』という展示をやっているらしい。スージョンはこれを見に来たのかもしれないな。
「……おぉ」
思わず声が出た。出てしまってすぐ、口を手で押さえる。幸い朝早く、俺の他にはほとんど人がいなかったのはよかった。
博物館は、家の近くになくてあまり行く機会がなかった。学校の授業とかくらいじゃないかな。だから、博物館の厳かな雰囲気に驚いたんだ。
ケースの中に、様々な調理器具が展示されている。これは、昔々のものから展示しているらしい。
(これは……ボウル、包丁にスプーンとフォーク。うん、こっちの文字も結構読めるようになってきたな)
自分の成長を自画自賛しつつ、俺は展示品に見入った。当初の目的は忘れていないけれど、展示品はきっちり見たい。それが、これを企画した人への礼儀だと思う。
そんな見た目は立派なことを思いながら、その実は楽しいから見ていただけだ。徐々に現代の、そして未来の調理器具へと移り変わるのも面白い。
「あ、もうおしまいか」
気付けば、後は土産物の販売店を残すのみとなっていた。未来の調理器具の中には、日本にあるものも幾つかある。具材を入れたら勝手に調理してくれる機械とか。実現出来るぞと思いつつ、俺は販売店を見回ってから外へ出た。
「……眩しい。流石に同じ展示を期間を空けずに見には来ないか。前期と後期があるもんな」
優矢はいなかった。それを残念に思いつつ、俺は博物館の近くにあった公園へと向かう。ちょっとベンチで休憩でもして、残り時間で聴き込みをするつもりだ。
公園に着いたのは、昼前。あと数時間したら、王城に戻らないといけない。
若干の焦りを感じつつ、俺は売店でアイスコーヒーを買ってベンチに座った。一旦何も入れずに飲んで、苦みに顔が歪む。ミルクは早めに入れるべきだな。
「……よし、充電完了」
ミルクを入れたコーヒーを飲み干し、俺は公園を出ようと立ち上がった。そして、ある一点に目が釘付けになる。
「優矢……?」
公園の外を、優矢が歩いている。それを見た瞬間、俺は後先考えずに走り出していた。
「優矢!」
「……」
優矢は、俺の声が聞こえていないのか振り向かない。何でだよ。お前の名前だろうが。何回呼んだと思っているんだ。
俺は苛立ちを覚えて、全速力で優矢に追い付いた。そして、その腕を掴む。
「優矢、聞こえてないのかよ!?」
「……誰だ、きみは?」
「……………………………………は?」
たっぷり十秒かけて、俺は問い返したと思う。
今、優矢は何と言った。
俺は脳の処理が追い付かず、息切れをしていたこともあってそのまま意識を手放した。
「あ、おい!」
優矢の声が聞こえた気がしたけれど、それに応じることも出来ない。
――何でだよ、優矢。
何とか、唇だけは動かせた気がする。だけど、もうわからなかった。
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