第21話 聞き込み開始

 最近、俺以外に異世界から来た者はいるか。俺の問に、ノヴァとセーリは顔を見合わせた。

 二人のその反応を見て、俺は答えがわかった。


「貴継以外に、か」

「少なくとも僕は聞いたことがないな……。ノヴァはどうだ?」

「俺もない。どうしてそんなことを思ったのか、聞いても良いか?」


 ノヴァに尋ねられ、俺は「うん」と頷く。王都で俺の元の世界での親友によく似た人を見た、と話す。二人は俺が別の世界から来たことを知っているから、それを話すことに躊躇はない。

 俺が話し終えると、二人はふむと考え込んでしまった。悩ませるつもりはなかったんだけれど。


「あの、二人共……」

「一応、上がってくる報告書は毎回隅々まで確認してはいるんだ。だけど、ここ最近で見た覚えはないな。セーリは、覚えはないか?」

「親友がもしもこっちに来ているとなったら、心配だよね。……残念だけど、僕も覚えはないなぁ」


 ごめん。謝られてしまい、俺の方が申し訳なくなってしまう。


「謝らないでくれ。そういえば、俺の時はどうだったんだ? 報告書とか、来たのか?」

「……なかったね」

「なかったな。しばらくしてから、セーリが貴継を見付けてここに連れて来るまで知らなかったよ」

「ということは、知られていないだけっていう可能性もあるのか」


 だとしたら、調べるしかない。俺は心を決めると、まずどうしたら良いかと考えた。考えたけれど、俺は貴族社会については全くわからない。当然、どうやって情報を探せば良いかも。

 俺はすぐに助けを求めることにした。


「どうしたら、優矢が何処にいるかわかると思う? 二人の意見を聞きたい」

「上がって来る報告書を待つ時間はなさそうだ。……そうだな、身近なところから聞き込みをするのはどうだろう?」

「いいね、それは。貴継なら、厨房の人たちや城で働く人たちに聞けるんじゃないかな?」

「それから、王都で見かけたのならそちらの知り合いにも聞いてみると良いよ。俺たちじゃ萎縮されてしまうけれど、貴継なら大丈夫だろう」

「聞き込みか……。ありがとう、やってみる!」

「あ、貴継」


 早速聞き込みをするために足早にその場を離れようとした俺に、ノヴァが声をかけた。振り返ると、思わず出たらしい右手をゆっくりと戻すノヴァの姿がある。


「ノヴァ?」

「ああ、いや。俺たちも気にしておく。こちらにも情報網はあるからね。だから、その友人と会うことを諦めるなよ」

「……ありがとう」


 とんっと背中を押された気がした。二人も、しかも同じ場所から転移者が出るなんて奇妙だ。もし何か作為的な裏があるとしても、俺は親友に会いたい。ノヴァとセーリも協力してくれるのならば、百人力だ。


「ノヴァ、ちょっと焦っただろ」

「そんなことない。さ、俺たちも貴継の友人が本当にこの世界に来ているのか調べよう。まずは、この仕事を片付けるぞ、セーリ」

「ふふ。わかったよ、ノヴァ」


 俺が執務室を出た後で、そんな会話が交わされていたことは知らない。

 俺は、昼前で忙しいであろう厨房を後回しにすることにした。最初に向かったのは、王城内で働くメイドたちのもとだ。噂好きの彼女たちならば、もしかしたら情報を持っているのではないかと思った。

 とはいえ、彼女たちは城の色々な場所で働いている。俺が最初に出会ったのは、王城に来た直後に道に迷っていたところを助けてくれた二つ年上のメイドだった。


「ノノさん」

「あら、貴継くん。どうかしたのかしら?」

「実は、人捜しをしているんです。それで、メイドさんたちなら、噂でも良いから知っているんじゃないかと思って」

「確かに、噂好きな子は多いかも。わたしで力になれるかわからないけれど、話してみて」

「ありがとうございます」


 ノノさんは、長い髪をお団子にまとめたすっきりとした印象の女性だ。クラシカルなメイドの制服が良く似合う。いつもはっきりとした物言いをする、快活で俺よりも年下にも見える童顔でもある。

 俺はノノさんに優矢の特徴を含めて話し、思い当たることはないかと尋ねてみる。俺と優矢が異世界から来たということは、彼女は知らない。


「……という奴なんですが、聞いたことはないですか?」

「そう、ね……。この辺りで見かけたことのない人を見たかっていう質問でもあると思うんだけれど、正直一度も見てもいないし聞いたこともないの。でも、何年も前に行方不明になった友だちだなんて、心配よね」

「そうなんです……。もし、そういう話を聞いたら教えて下さい」

「わかったわ」


 かなりの方便を使ったが、俺が異世界からの転移者だということは安易に広めない方が良いとノヴァたちに言われているし、国王にも命じられている。俺が何処から来たのかをきちんと知っているのは、この城の中ではノヴァとセーリ、そして国王くらいのものなのだ。


「次は……ロイドルさんのところに行こう」


 厨房が少し落ち着いている時を見計らい、俺はロイドルさんたちに何処かで優矢を見ていないかと尋ねた。だけど、みんな首を横に振る。


「残念だが、今のところその友人を見たという者はいないようだ」

「気にしないで下さい。ありがとうございました」


 お邪魔しました。頭を下げてから、俺は厨房を出る。次はどうするか、考えつつ歩き出した時、後ろから声をかけられた。


「貴継」

「スージョン?」


 振り返ると、厨房の制服を着たスージョンが立っていた。少し息が荒れているのは、走って来てくれたのかもしれない。

 あの対決の後から、スージョンも厨房に入るようになった。それから少しずつだけれど、俺とスージョンの距離は友だちくらいのものにはなったんだ。いつか、一緒にお菓子作りが出来たらいいなと思っている。


「そいつ、お前が捜しているっていう奴、特徴だけだけど、似ている奴を二日前に見たぞ」

「――本当か!? ど、何処で」


 俺は思わず、スージョンの肩を掴んだ。優矢の手掛かりがあるのなら、どんな些細なものでも知りたい。

 スージョンは俺の勢いに若干引きながらも、王都のある場所を教えてくれた。


「二日前の話だ。だから、明日行ってもいるかどうかはわからないぞ」

「わかってる。でも、わずかでも可能性があるなら賭けたいんだ」


 夕方からは、仕事もある。明日の朝一でその場所に行こうと俺は決めていた。


「――会えると良いな、友だちに」

「うん、ありがとう」


 俺はスージョンと別れ、また別の場所で聞き込みをした。それでもスージョンの話以上の手掛かりはつかめず、俺は完全に気持ちを切り替えられないまま、厨房での夕食作りに立った。

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