記憶を失くした少年
第20話 何でここに
スージョンとの料理対決は、俺としては引き分けだったと思っている。だけど、スージョンにとっては違ったらしく、ロイドルさんによれば、料理に対する向き合い方が変わったらしい。きみのお蔭だと感謝されてしまった。
俺の方も、スージョンから得るものがあったからお互い様だ。幸い、料理をする機会はたくさんある。その度にレベルアップしていきたい。
「今日は……あ、本屋に行こうと思っていたんだった」
対決から一週間ほど経った日、今日は俺の休日だ。その時によって色々とやることは変わるけれど、今日は王都の書店に行く。ロイドルさんが教えてくれた、この世界の有名な料理人のレシピを紹介する雑誌があるらしい。その最新号の発売日が今日なのだ。
ちなみに俺は王城に住んでいるけれど、比較的簡単に外出出来る。一応王子の客という扱いなんだけれど、ノヴァかセーリに伝えておけば大丈夫だ。
今日も、ノヴァに書店に行くことは伝えてある。楽しんで来いよ、と送り出された。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。あまり遅くならないように」
「わかりました」
門番に外出することを伝えて、俺は早速街へ繰り出す。
王城に暮らすようになって半年以上が過ぎ、ようやく城の中も王都の中も何処に何があるのか大体把握出来るようになって来た。次の角を右に曲がれば、王都の中でも大きな書店がある。
「あ、あった」
店内に入ってすぐの新刊コーナーに、その雑誌は平積みにされている。ちょっとした教科書並みの厚さのそれの今月号は、表紙がロイドルさんだ。昨日、嬉しそうに教えてくれた。毎日のように顔を合わせる人が表紙を飾る雑誌は、やっぱり欲しいじゃないか。本人は照れていたが、人に話すということは見てほしいんだろうしな。
「これと、あとはレシピ本も見るかな」
この世界の料理のレシピ集は、日本ではお目にかかったことのないものもある。よく似た料理もあって、懐かしい気持ちになることも多い。
俺は料理本のコーナーに立ち寄り、一冊だけお菓子の本を買った。この世界のお菓子もまだ把握出来ていないから、それらも作れるようになりたいと思う。そして、自分のアレンジを加えて、ワージルさんとメルさん、ノヴァやセーリに食べてもらいたいんだ。
「よし、目的達成。後は、材料でも買って……ん?」
書店を出て、俺は製菓専門店に寄ろうかと考えていた。書店からそれほど離れていないところにあるし、新しい構想を作ってみるためにも必要だと思ったから。
だけど、その足は止まってしまった。俺は自分の目に映ったものが信じられなくて、何度も瞬きを繰り返す。それでも映っているそれは、幻ではないんだろう。
「――っ、
「……」
遠くに、会えなくなって久しい友人の姿が見えた。着ている服はこの世界の物だったけれど、道沿いの店を見ている横顔は、どう見ても優矢だ。
俺は人目もはばからず、何度もあいつの名前を呼んだ。だけど聞こえなかったのか一切立ち止まることも振り返ることもせず、優矢は角を曲がって行ってしまった。
「優矢、優矢! ゆうっ……くそ」
本を入れたトートバッグが邪魔をして、うまく走れない。俺は息を切らせながら優矢らしき人物が曲がった角まで行ったけれど、あいつの姿はもう何処にもなかった。
「いない、か」
優矢は、日本にいた頃のクラスメイトだ。実家がパティスリーで、あいつ自身もパティシエを目指して勉強していた。真面目で研究熱心なメガネ男子で、容姿も整っていたから女子にモテる。
そんな親友が、何故異世界にいるのか。そもそもあれは優矢だったのか。俺はもう判断する材料を持っていなかった。
「……帰ろう。で、ノヴァたちに聞いてみよう。俺みたいに異世界転移したのなら、ノヴァたちが知っているかもしれない」
国中の情報が集まる王城では、様々なことを知ることが可能だ。その中には楽しいことも辛いこともあるけれど、優矢が俺のようにこちらにやって来てしまったのかもしれない。
全てがイフだ。確実なことは何もない。
「今日は帰ろう。ふわふわして落ち着かないし」
俺は買い物を止め、城に帰ることにした。城を出て二時間位かな。
門番には少し驚かれたけれど、俺はそれどころではない。部屋に荷物を置いて、すぐにノヴァたちがいるはずの執務室へと足を向けた。
「ノヴァ殿下、おられますか? 貴継です」
「貴継? 入って」
「お邪魔します」
部屋の中から聞こえてきたのは、セーリの声だ。戸を開けて中に入ると、確かに彼が一人で書類整理をしていた。
セーリは俺の顔を見ると、ふっと微笑んで首を傾げる。どうしたんだ、尋ねてきた。
「今日は休みだろう? 数時間前に、きみが書店に行くと聞いたとノヴァから聞いたんだけれど」
「それはそうなんだけど……ノヴァは?」
「剣の鍛錬の時間なんだ。もう少ししたら帰って……来たようだね」
「え?」
バタバタと足音が近付いて来た。セーリはその中で書類整理を再開し、俺はどうして良いやらと扉の方を見るしかない。
それから一分もしない内に、扉が勢い良く開いた。
「セーリ、貴継がいるのか?」
「お帰り、ノヴァ。早耳だね」
「お、お帰り。急いで帰って来たのか……?」
はぁはぁと息を整えているノヴァを前にして、俺は彼の背中を擦ってやる。少しは呼吸が楽になるかと思ったんだけれど。
「だ、大丈夫か?」
「……はぁ。うん、大丈夫。ありがとう、貴継」
「よかった」
まだ若干顔が赤い気がするけれど、ノヴァが大丈夫というのならばそうなんだろう。何故かセーリの表情が微妙な気がするが、気にしないでおこう。
セーリがコップに水を注ぎ、それをノヴァに差し出した。
「ノヴァ、水飲んで。鍛錬お疲れ様」
「ありがとう、セーリ」
ノヴァは、セーリから受け取った水を数回に分けて飲み干した。それから俺の方を向いて、「そういえば」と瞬きをする。
「何か用事でもあったのか? 大抵、昼過ぎまで戻らないだろう、貴継は」
「お前を捜していたみたいだぞ、ノヴァ」
「俺を? どうした?」
促され、俺は「実は」と話を切り出した。
「最近、俺のように異世界から転移して来た人がいるという話はないかな?」
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