第2話 終了

『次は難易度を上げてみましょうか』


 謎の声は相変わらず感情の無い低く無機質な声で淡々と言ってのける。


 俺は右手にペンを握ったままだ。手から放してしまうと何が起こるか分からない。はなしてはいけないのだ。


『次はこれです。モニターを見てください。今から問題が映し出されます。その答えを口頭で述べてください』


 俺はモニターに注目する。少しのミスも許されない。難易度が上がった問題とはどんなものだろう。果たして俺に答えられるのか。


 ブザーが鳴った。スタートの合図だ。モニターには何が映る?


『1+1=?』


 は? なんだこれ。こんなの算数の最初に習うような問題じゃないか。馬鹿にしている。


「2」


 俺は口頭で答えた。が、いわゆるピンポンといった正解音は鳴らない。

 モニターを注視していると、問題が切り替わった。


『1+2=?』

「3」


 俺が答えると、何のリアクションも無いまま問題だけが出され続ける。


『1+3=?』

「4」

『1+4=?』

「5」

『1+5=?』

「6」

『1+20=?』

「21」


 1問につき2秒ほどで答えていく。1+1から右側の数字だけが1ずつ増えていた。

 俺は答えながらこの狙いを考えた。おそらく簡単な問題をテンポよく答えさせ唐突に本当に難問を出すか、全く違う数字にして間違えさせるつもりなのだろう。


『1+21=?』

「22」

『1+22=?』

「23」

『➡︎』

「——ッ!」


 解答に急ブレーキがかかった。モニターに映し出されたのは右向きの矢印1つのみ。

 落ち着け、絶対に意味があるはずだ。しかし時間制限が無いとは限らない。考えろ。


 ……結論が出た。俺はモニターを注視する。そこへ悲鳴が鳴り響く。しかもたくさんの。

 おそらく、「モニターから目を離した」のだろう。


 テンポよく解答していたところに、いきなり右向きの矢印だけが表示されたらどうするだろうか? 反射的に右を向いてしまいそうだ。


 あの難易度の問題だ。おそらく全員がほぼ同じテンポで解答していただろう。俺はモニターから絶対に目を離さないように注視していたのだ。


『以上で終了となります。お疲れ様でした。元の世界へお戻りください。なお、願いを叶える権利は1人だけなのでご了承ください』


(クリアした、のか?)


 目の前が明るくなったかと思えば、屋外に出ていた。とはいえ辺りは真っ暗だった。時計を見ると午後10時。

 俺は幻覚を見ていたのだろうか。すると隣に誰かいることに気が付いた。


「おっさん、残念だったな! 俺の方が早く脱出したようだ! 願いを叶える権利は俺にある!」


 20代だろう。いかにも悪そうな男が俺を見て言った。もしかして俺はこの男に負けたのだろうか。


「何でも願いが叶うか! もちろん大金だ! 詐欺の電話をかけるのも楽じゃないからな。取り分が少ねーし」


(なるほど、クズだ。あそこはこんなヤツばかりだったのだろうか)


「じゃあな、おっさん。命がけだったのに得る物は何も無かったな! 俺は明日の夕方には大金持ちだ! アイツらにも自慢してやるか! せいぜい悔しがれ!」


 男はそう言って立ち去った。


(明日の夕方には、か。願いを叶えるのはその時だとでも言われたのだろう)



 翌日の夕方、俺の前に1人の男が現れた。それは俺をあの異空間に招き入れた張本人だった。神と名乗っていたんだっけ。


「やあ、待っていたよ。あんた、死神だろ?」


「ほう、よく分かったな」


「あんな光景を見せられたら信じるしかないだろう。でも、なぜあんなことを?」


「クズの魂ほど美味い。それだけだ」


「願いを叶える理由は?」


「希望からの絶望は最大のスパイスだ」


 滅茶苦茶な理由だけど死神だ。そこに理由などいらないのだろう。俺は妙に納得した。


「こちらからも質問しよう。今日、私がやってくると分かったのは何故だ?」


「ルール説明の時、『ルールはただ1つ、はなさないで』と言っていた。『ルール』ではなくてね」


 死神は黙って聞いている。俺はさらに説明を続けた。


「ということは、外に出られてもあの出来事そのものを話してはいけないんじゃないかと考えた。本当は問題に答える必要は無かったんじゃないかな。ルールはただ1つなんだから。

 そしてあの悪そうな男は『アイツらにも自慢する』と息巻いていたから、きっとすぐに話すだろうと思ったんだよ。そして失格した」


「希望的観測だな。だが約束は守る。これでも神なのだ。願いを言え」


「俺の願いは——」



 後日、俺は今まで借りていたお金を全員に返して回った。もちろん、願いによって得たお金だ。借りていた人達に頭を下げ、時には殴られることもあった。


 実に勝手だけど、一応の区切りはつけたつもりだ。返済額以上の金額は希望しなかった。


 友人と信用を失ったが、俺はまた1からスタートを切ることにした。住み慣れた場所から遠く離れたこの地で、仕事も交友関係も何もかもが全てリセットされたけど、不思議と清々しい気分だった。

 今からだって間に合う。今度こそ真面目に生きよう。


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知らない人達と異空間に閉じ込められた 猫野 ジム @nekonojimu

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