第4話 復活
「ご迷惑をお掛けしましたー!」
翌日。朝九時。
事務所の社長室に入り、頭を下げる。傍にいるマネージャーも一緒に。
「大丈夫だって、そんなに謝らなくても」
椅子に座ったままの社長が言うけど、そんな訳にもいかない。私のわがままで迷惑を掛けてしまったのだから。
「この度は私が不甲斐ないばかりに……。ん? 言葉の使い方合ってる? ああ、私が勉強得意じゃないばっかりに! 今からマナー講師のところに行って来ます!」
「だから気にしてないし、行かなくて大丈夫だよ。それにそんな大声を出せるくらい元気になって、僕は嬉しいよ」
そう言われて顔を上げると、ニッコニコのおじさん社長が私を見ている。この人はいつもニコニコしていて、それ以外の表情を目にした事がない。最初に面接で会った時はずっと笑顔で怖いと感じていたけど、事務所内に飾られている所属Vチューバーのぬいぐるみやアクリルスタンドに「可愛い」と指を差しながら歩く姿を目撃した事があって、今では面白い人だと思っている。言い方を変えれば、変人。
「それで、今日から配信再開するみたいだけど。アンチコメントの方は……」
「大丈夫です! もう、私には怖いものなんてありません!」
社長の台詞を遮って、伝える。マッスル団長のぬいぐるみを抱き締めながら。
Vチューバーとしての配信は事務所か自宅で行うけど、今日は私の自宅で母ちゃんとみくちゃんとでコラボ配信をする約束をしている。なので事務所を出ようとする私。その最中、何人かの女の子タレントに捕まる。
「スカイちゃん久しぶりー」
「元気だった?」
「スカイちゃんが元気になった記念に、一緒にご飯行こう? コラボもしよう?」
私を見るなり、一人二人……と駆け寄って来るみんな。その姿はまるで
「あれ? 私、ゾンビに襲われてる気分なんだけど!」
「「「誰がゾンビだ!!! 噛んでやろうか!!!」」」
悪ふざけで言ったら、全員にハモられながらつっこまれた。
「絶対、みんな打ち合わせしてたよね⁉︎ そうしないとハモらないよね⁉︎」
「「「偶然だよ?」」」
「ほら、やっぱり! こんな偶然起こる訳ないもん!」
狭い廊下で、そんな会話を繰り広げて笑い合う。こんな大勢で笑うの、久しぶりだなぁと懐かしんで。
「ところでスカイちゃん。そのぬいぐるみは?」
そんな状況の中、一人の子がマッスル団長を指差して訊く。それに対して私は答える。嘘偽りなく。
「私の◯◯だよ?」
と。
*
「お帰り〜、かなちゃ〜ん」
家に帰ると、みくちゃんに抱き付かれてお出迎えされる。あれ? みくちゃんに私の家の合鍵、渡してたかな? 母ちゃんには渡してたけど。
そう考えていると、エプロンを着けた母ちゃんが玄関に現れる。あ、きっと母ちゃんが部屋に入れたんだと理解する。
「お帰りなさい。あんた達の社長さんに何か言われた?」
「私が元気になって嬉しいって、喜んでた」
「そう。ん? アンチコメの事は何も言われてないの?」
「ああ、言われた。けど、裁判で慰謝料の支払いが命じられても、情報開示請求で使うお金の方が多いからマイナスだよ? って弁護士に言われたみたい。それでも、タレントを守る為に裁判起こすって言ってた様な……言ってなかった様な」
「何で大事な事なのに、覚えてないのよ?」
ため息を吐く母ちゃん。忘れっぽくてごめんね母ちゃん。
「……許さない〜。わたしが必ず見つけ出して〜、◯◯を××して〜。△△を□□して山に埋めないと〜。いや、海の方が良いかな〜」
私から離れないみくちゃんが、小声で怖い事を口にする。私を心配してくれるのは有り難いけど、そこまでしなくて良いんだよ?
「まぁ、いいわ。お昼ご飯作ったから、食べなさい。もちろん、ちゃんと手洗いとうがいしてからよ?」
「はーい」
リビングに置いてあるローテブルの上に並べられたのはトマトサラダとコーンスープ、そしてビーフシチューだ。どれも美味しそう。
「これ、全部りこちゃんが作ったの〜? すご過ぎ〜」
「今日は、かなが復活配信する日だからね? 豪勢にしないと。クッキーとマカロンとチーズケーキも作ってあるわよ。あ、クレープはチョコバナナとツナサラダ、どっちが良い?」
「母ちゃん作り過ぎー! そんなに食べたらとんでもなく太るって! でも、もったいから全部食べる。あと、クレープはチョコバナナでお願いします!」
ガツガツとビーフシチューをスプーンで口に運びながら喋ると、「チョコバナナね。あと、口に食べ物入れたまま喋らない」と返してキッチンに戻る母ちゃん。それを作りに行ったんだろうと察する。こんな料理上手な友達がいて、本当に良かった。
「かなちゃ〜ん。そんなに食べて大丈夫〜? 配信中にお腹壊さない〜?」
「大丈夫大丈夫! この程度の量で、私がお腹壊す訳ないって。ほら、みくちゃんも食べなよ?」
そう言って、私はシチューをすくったスプーンをみくちゃんに向ける。すると、みくちゃんは「良いの〜? 本当に良いんだよね〜? かなちゃんを食べて良いんだよね〜」と早口で訊いてくる。私を食べるって変な言い方をするほど、お腹が空いてたのかな?
「じゃ、じゃあ〜。いただきま……むぐっ⁉︎」
「はい、クレープお待たせー。みくは生地だけで良かったわよね?」
スプーンにだんだんと口を近づけたみくちゃんに、母ちゃんはそれを放り込む。紙は外してある。
それをもぐもぐとゆっくり食べ終えてから、みくちゃんは話し出した。少し、涙ぐんで。
「酷いよ、りこちゃ〜ん。せっかく……」
「はいはい、ごめんなさいね。はい、これかなのクレープ」
ピンクの紙に包まれた、デザート。要望したのはチョコバナナだったけど、生クリームも添えられている。まぁ、生クリームも好きだから問題ない。
「クレープ美味しい! シチュー美味しい! もう、何もかも美味しいよ母ちゃん!」
「それは、ありがとう。でも、かな。ゆっくり食べなさい」
「うん、分かった!」
そう元気良く私は言うが、眼前の料理達に手を伸ばす手は止まらなかった。料理が美味しいのが悪い!
*
食べ終えて皿をみんなで洗ってから、配信用兼寝室の部屋で準備をする。
今日の配信でやる内容はリスナーにしばらく休んだ事の謝罪と、すごろくゲームで母ちゃんとみくちゃんと対戦。負けたら、一分間全力の可愛い声で愛を囁く罰ゲームを賭けて。
SNSで宣伝している。『私、復活!!!』とサムネイルも作った。母ちゃんとみくちゃん……いや、ごごちゃんとよるのひかり(みくちゃんの活動名)ちゃんの立ち絵の準備も整っている。あとは配信を開始するだけ。
私の復活配信まで
5
4
3
2
1
0と心の中でカウントダウンをして、配信ボタンを押す。そして、久しぶりの第一声は
「う、産まれるぅぅぅぅぅぅ!」
口を押さえながら、叫ぶ私。母ちゃんが作ったご飯食べ過ぎて、口から全部出そう。
『え? 何?』
『産まれるって妊娠⁉︎』
『そんな、信じてたのに……。でも、俺は子持ちのスカイちゃんも応援するよ』
当然リスナーにはそんな事は解る訳はなく、みんな思い思いのコメントを書く。
その誤解を解く為に、吐き気を我慢しながら説明した。
「違う。食べ過ぎて口から出そうって言うのを産まれるって表現しただけ。うっ、これ本当にマジでやばいかも。いったん、配信閉じてから後でまた再開するね。じゃあ、そういう事で!」
早口で喋り、私はトイレに駆け込んで行った。
三時間後。
「えー、お集まりのみなさん。久しぶりの配信なのに、こんなグダグダになって本当に……うん? 誠にって言った方が良いかな? まぁ、どっちでも良いか。とにかく、申し訳ありませんでした!」
トイレで出す物を出し終え、リスナーの前に姿を現す。もう体調はスッキリ。
『本当に大丈夫?』
「うん、大丈夫です。超元気!」
『妊娠してない?』
「はい、しておりません!」
コメントを読んで質問に答える。これやるの久しぶりだなーと、Vチューバーとして戻って来たんだと実感する。
「えー、私の食べ過ぎ謝罪はここまでにしまして。次も謝罪です。本来はこっちが謝罪だったんですけど」
前置きして、私は続ける。応援してくれているリスナーのみんなに向けて。
「私が復活するの遅くなって、本当にごめんなさい。今日からゲーム実況とかアニメの同時視聴とかやっていこうと思いますので、みな様こんな私を応援して下さい」
『真面目か!』
『そんな堅苦しいの、スカイちゃんじゃない』
『さては偽物だな? スカイはもっと、すごくうるさいんだ。俺は詳しいんだ』
「ちょ⁉︎ 真面目に言ったのに、何でこんなコメントばっかり! もっと、優しく『一生応援します!』とか言って良いんだよ君達!」
『お? このうるさい感じ本物だ。お帰り』
「お帰りって、最初からいたって! その証拠を、母ちゃんとひかりちゃんからも言ってあげて!」
両隣に座る二人に振る。ちなみに私は2Dだが、二人は立ち絵でモニターに映ってもらっている。
母ちゃんである『ごぜんより ごご』ちゃんの見た目は説明したと思うから省くけど、『よるのひかり』ちゃんの外見は緑のウェーブがかった長髪で青い瞳。そして、メイド服から上半分がはみ出るくらい大きくな胸。中の人であるみくちゃんと同じく、スタイル抜群のVチューバーである。
「え? もう喋って良いのかしら? 取り敢えず挨拶するわね。イラストレーターで天上スカイの母、ごぜんより ごごです」
「ご主人様〜。掃除はわたしではなく〜、ご自分でお願いします〜。って、いつもの挨拶をしたところで〜。こんにちは〜、よるのひかりだよ〜」
「いや、挨拶は良いから、私が本物だって証明してよ!」
「どうかしら? もっとアヒルっぽい見た目だった気がするんだけど」
「私は、アヒルじゃない! 可愛い人間の女の子で母ちゃんの娘!」
「そうだよ〜、ごごちゃ〜ん。スカイちゃんは超絶可愛いわたしだけの女の子だよ〜」
「ありがとう、ひかりちゃん。……ん? 『わたしだけの』ってどう言う事?」
「気にしないで〜」
二人にツッコミまくっていると、『まだ本物か怪しいなー』とか『スカイちゃんとひかりちゃんのてぇてぇ、ありがとうございます!』などのコメントが流れる。てぇてぇって良く聞くけど、どういう意味なんだろう?
「まぁ、いいや! とにかく改めてて言うけど、今日から天上スカイ復活なので応援よろしく!」
大きな声でそう言うと、『こちらこそ、よろしく』『ずっと待ってたから、嬉しい!』『復活記念に、スカイのグッズたくさん買います』とみんなから温かいコメントが返って来る。
「リスナーのみんな、ありがとう。どうしよう、嬉し過ぎて泣きそう。あ、鼻水出た。ぶびぃぃぃ!」
「ちょ、あんた人の服で鼻水拭く癖やめなさいよ! ひかりが可哀想で……」
「スカイちゃんの鼻水〜。この服〜、一生大丈夫にする〜」
「……この変態め」
謝罪を終え、次の予定であるすごろくゲームの配信を始める。
四人で星を奪い合うパーティーゲームだけど、一人足りないので残りをCPUに設定する。レベルを最強にして。まぁ、最強って言ったってすごろくゲームでそんな強い訳ないでしょ。それに、前にこのゲームやった時は母ちゃんとみくちゃんともう一人の子にも勝ったし、今日も私が優勝だね! もう勝つ未来しか視えないね! 復活配信で優勝する私、格好良くない?
「あたし緑の恐竜選ぶけど、あんた達は何選ぶの?」
「ピンクの女の子〜」
「私は紫の猫背髭男! 前に、こいつ使って勝ったし!」
お互いのキャラクターを選択し終えてからCPUをランダムボタンで選ぶと、黄色い髭男に決まった。
戦いの準備は整った。よし、勝つぞ! と気合入れて、私はコントローラーを握った。
最初に星を入手したのはCPUだったが、その後は順調に星を取りまくる私。既に五つも手に入っている。
それを星三個のCPUが追い、その下に星を一つも取ってない母ちゃんとみ……ひかりちゃん。危ない危ない。ひかりちゃんの本当の名前を口に出すところだった。復帰配信で仲間の本名を言って、炎上するのは避けたいし。
そして紆余曲折あり、星の獲得量は変わらないまま、試合はラスト一ターン。このターンで全てが決まる。まぁ、もう私の勝ちが決まった様なものだ。星を交換するルーレットマスにさえ止まらなければだけど。
でも、そんな事はあり得ないはずだから、高見の見物と行きますか。私の順番、最後なんだけどね。
まずは、CPUの黄色い髭男。サイコロの目は一。特に何もなく終了。最強って言っても、この程度か。
次は母ちゃんの番。サイコロの目は四。あ、
「あ、ルーレットマスに止まったわ。これで一発逆転を狙えるわね」
画面に映し出される二つのブロック。このマスに止まると、問答無用で星を交換してしないといけない。右のブロックが星を貰う方、左が星をあげなくてはいけない。一番勝っている人が不利な状況である。
「か、かかか母ちゃん。私から星を奪わないよね? 可愛い娘から取らないよね⁉︎」
「そう言われても、これルーレットだから。どうなるか分からないから。まぁ、あんたから星奪う気満々なんだけどね」
「母ちゃーーーーーーん!」
「『このうるさい感じ、本物だ』ってコメント来てるわよ」
「まだ疑ってたの⁉︎ 私、本物だって!」
そんなツッコミを入れている隙に、母ちゃんは貰う方である右のブロックを叩くと緑の恐竜が偉ばれる。
「やったわ。これで、左の方でスカイを出せば」
「やばい! 本当に逆転される! お願い! 私を当てないで!」
コントローラーから手を離して、手を組んで祈る。果たして、その願いは……
「あ、わたしだ〜。でも、星野持ってないから意味ないね〜」
「危なかった〜! ありがとうひかりちゃん!」
「どういたしまして〜」
「……終わった。あたしクール系で頑張ってたのに、全力の可愛い声出すの決まっちゃったかもしれないわ」
絶望した顔の母ちゃんが、コントローラーを持ったまま固まる。よし、これで一人消えた。あとは、ひかりちゃんが何事もなく終わってくれれば……、
「あ、わたしもルーレット止まった〜」
「嘘⁉︎」
簡単には、勝たせてくれない。いや、勝てる! きっとひかりちゃんは、私から星を奪わないって信じてる! 信じる事大事! だから、ルーレットの結果は……。
「負けた。私の星、ひかりちゃんに盗られちゃった」
母ちゃんと同じく絶望する私。最後の最後で負けるのって精神的に辛いよね。
最終的な順位は、星五個のひかりちゃんが一位。次いで三個のCPU。そして同率最下位で私とごごちゃん。
『親子(偽)で最下位なんて、運命を感じるね。そんな事より、早く全力の可愛い声を』
「みんな、
覚悟を決めようとした時、一つのコメントに目が止まる。見覚えのある、アカウント名のそれに
『あーあ。負けちゃったね? 俺のコメントでショック受けて、休んで、ゲーム下手になった? つーか、あんな程度で休むか普通? 馬鹿じゃねーの? お前もマッスル団長と同じく、天国でも地獄でも行けば?』
あの時のアンチだ。スーパーチャットまで送って、まだ続けてるんだ。
「大丈夫?」
同じくそのコメントを読んだ母ちゃんが、小声で訊ねる。自分の罰ゲームよりも、私を心配してくれて嬉しい。
でも、私はもう大丈夫だ。マッスル団長と一緒に楽しい時間を過ごした私に、怖いものなんてない。
「母ちゃん、罰ゲームって全力の可愛い声で愛を囁くんだったよね?」
「そうだけど……」
確認した後、大きく息を吸い。そのコメントを拾って、マイクに向かって言った。私が出せる全力の可愛い声で。
「マッスル団長が死んだ? 何を言ってるのかな。生きてるよ? 私、この前マッスル団長とデートしたし、今も一緒にいるよ。私の……彼氏のマッスル団長が」
配信を始めてから、ずっと首に掛けている彼氏を抱き締める私。
もう、本当に怖くないよ。私の隣には、マッスル団長がずっと生きているのだから。
(完)
Vチューバーは、推しの為に 目取眞 智栄三 @39tomo
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