エピローグ





 先輩、と呼びかけられた。

「……ん? なに?」

 見れば、2つ下の後輩の竹内たけうちが、からかうように笑っていた。ポニーテールが元気よく揺れる。「いや、なんだかぼんやりして見えたので。考え事ですか?」

 僕はつと目をみはってから、眼前に広がる海にまっすぐ視線をやった。静かに優しく、波は砂浜に打ち寄せていた。

「海が綺麗だなと思っているだけだよ」

「年寄りみたいなこと言いますねえ。それにしても、まさか文芸部で海に来たりするとは思ってませんでした」

「あ、オレもオレも」横から顔を出したのは平坂ひらさかだ。「あらかじめ言っておいてくれたらビーサンで来たのに」

「それは、学校に?」

「そうそう。別に校則にはないっしょ、ビーサンで登校は不可とか」

「あんた冗談じゃなくてほんとにやりそうで怖いよ」竹内がはあっと肩をすくめた。それでもその表情は明るく楽しそうに見えた。

 平坂は「わはは」と大きく口を開けて笑って、竹内の方を見た。

「向こうまでダッシュしようぜ?」

「ちょっと! 私たち遊びに来たんじゃなくて小説書くための見学に来たんだよ!? ……ねえってばっ、女子に走らせるなああ!!」

 走っていく2人を眺めていると、背後から「嘘だよって言わなきゃな」と声がした。

「海についての小説書けって言ったの、嘘だって」

 振り向くと、塚本が眩しそうに手のひらを額の前にかざして、前を見つめていた。晴れの光にきらめく海。ユートピア、と彼は小さく呟いた。

 それを聞いて、僕は再び前を向く。日の光を反射し、輝く海。理想と現実とは、案外正反対のものを表す言葉ではないのかもしれない。不意にそんなことを思った。理想を描き、それを目指して作り上げたのなら、その理想は現実へと変わる。

「そうだね」

 僕は笑って、頷いた。



 僕たちは今、ちゃんと生きているだろうか。

 正しく、美しく、善く、生きているだろうか。

 わからないけれど──。


 ──僕たちなりに、一生懸命やっているよ。












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車輪の上のソクラテス 蘇芳ぽかり @magatsume

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