話さないで
ある日の夕方、俺はスーパーに寄ってアジの刺身と日本酒を買って帰路についた。マイバッグは持たないでいつも1枚5円のレジ袋を買う派だ。今だにあの習慣が染みつかない。
家に帰って早速刺身のパックを剥いだ。醤油も用意し、酒もとっくりに注いで、準備は万端だ。
最初は良かった。アジが純粋に美味しかった。今日は時間が無かったからやらなかったが、なめろうにしたらもっと美味しかっただろう。酒によく合った。
「~~~~~~~~~~~~ッッッ!?」
数時間後、腹部に激痛が走った。
原因はアジだ。もっと言うとアジを生で食った俺が愚かだった。
アニサキス。サバ、アジ、サンマ、カツオ、イワシ、サケ、イカなどの魚介類に寄生する寄生虫の一種だ。寄生している魚介類が死亡し、時間が経過すると内臓から筋肉に移動するため、あれの皮ぎしに奴らが入り込んでいることはままある。
だからこそ事前に包丁を入れてアニサキスを切り殺しておくはずなのだが……あのスーパーの鮮魚担当、手を抜いたな……
「クソッ……胃壁、入っちゃったね……ってか……」
激痛をこらえながら救急車を呼ぶ。いくら最近の救急隊が優秀と言っても待っている間はずっと痛い。そこで俺は考えた。
痛みを和らげるためには酒を飲んで消毒すればいいと。
「おっおほぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉ~~~~~~~~~!?!?!?」
当然ながらアルコールが食い破られた胃壁に染みた上に急性アルコール中毒一歩手前の狼藉を起こしてしまったため、救急隊の人達に怒られた。
で、搬送された先ですぐにアニサキスを除去してもらうことになったのだが、医療従事者の不足は深刻な問題なのか、担当の先生で外れを引いた。
「やらやらやらぁあああ あぉぁあああ あぉぁあああ あぉぁあああ あぉぁあああ あぉぁあああ あぉぁあああ あぉぁあああ あぉしにたくにゃいぃしにたくにゃいぃしにたくにゃいぃお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんっほお゛お゛っお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんぉぉぉぉぉぉお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんぉぉぉぉ~~~~~~~!!!!!!」
何故かアームに掴まれて俺の胃壁から取り出されているアニサキスの気持ちになって見事なオホ声を交えながら実況しているのだ。
「……というわけで君がアジを食べてからこうやって出されるまでのアニサキスの気持ちを代弁してみたんだが、どうかな?」
「頼むからもう話さないでください」
ああもう。ちょっと悪いアジに当たっただけなのにこんな事になるなんて……内視鏡使ってまで除去したんだからお金かかりそうだし、変な医師は引くし……
「話さないでいるのは性に合わないからね。それに、こうやって患者の心を凝りほぐすことで内視鏡も通りやすくなるってもんさ」
「セカンドオピニオンって今から出来ますかね」
「嫌だね。折角の患者を離したくはないね。折角だからインフォームドコンセント行っとく?」
「喋るのは俺なんで先生は話さないでください」
「お゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんっほお゛お゛っお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんぉぉぉぉぉぉお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんお゙ぉおォおんぉぉぉぉ~~~~~~~!!!」
「うるせーーー!!!」
今後、アジは加熱して食おう。そう強く思った。
寄生虫 うぃんこさん @winkosan
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