第39話 わたくし、幸せですわ
どのくらい眠ったでしょうか? 気
がつくと肩に毛布がかけてありました。クリシュナさんかマービーさんがかけてくださったのでしょう。その優しさが嬉しくありました。よく寝たなぁという想いがあり、頭が軽く爽快感もありました。
時計は6時を回っていました。
さあ、帰ろう、と思いました。私服に着替えて、事務室を出ました。
ちょうどそのとき、主人がドアから入ってきました。心配そうな顔をしていましたが、わたくしを見つけると、とたんに笑顔になりました。
「あまりに遅いので、心配して、迎えに来ましたよ」
主人は優しく言い、右手を差し伸べます。手をつないで歩こうというサインです。わたくしは、クリシュナさんとマービーさんのところへ行きました。
「ありがとうございました。すっかり寝てしまいました。すみませんでした。帰りますね」
とわたくしはクリシュナさんに言いました。
「あけまして、おめでとうございます。私は今日で最後ですが、いままでありがとうございました」
クリシュナさんはそう言いました。
「こちらこそ、ありがとうございました。幸運をお祈りします。彼女とお幸せに」
わたくしは、そう言ってお別れしました。彼女は先に1人でクリシュナさんのアパートへ行っているそうです。幸せになってもらいたいものです。
マービーさんは「あけおめ、ことよろ。三が日はお休みですよね」と言いました。
「はい」
「正月を楽しんでください」
マービーさんは手を振ってくださり、すぐに冷蔵庫の温度チェックの仕事に戻りました。
お弁当やサラダやスイーツなどの陳列棚は冷蔵庫になっていて、それぞれの温度をマービーさんは覗き込み、チェック表に記入していました。
わたくしは主人のもとへ戻りました。
主人は再度、手を伸ばして手をつなごうという合図を送ってきました。今度は、わたくしも、手を伸ばして、主人と手を握りました。
「初詣に行きますか?」
と主人が尋ねます。
「いいですね。行きましょう」
とわたくしが答えて、外へ出ました。
雨はあがり、アスファルトの路面がキラキラと輝いていました。東の空はオレンジ色に染まっていました。
一度、主人の手をはなして、大きく伸びをしました。深呼吸をすると爽快でした。そのとき、目の前に大きな男性が現れました。
その男性の顔は忘れもしません。あの焼き鳥事件で自宅まで謝りに行ったシーサー顔の男性でした。
わたくしは、怖くて目を伏せました。また、叱られるのかと思ったからです。
「おや、こないだのネーネーよね。覚えてるさ。コーヒー無料券までもらって、ありがとうね」
にこやかに言うのです。
わたくしは、え? と思いました。
まるで別人のように優しい口調だったのです。
「今年もよろしくね。これお年玉」
シーサー顔の男性はわたくしにポチ袋を渡して「ワハハハ」と豪快に笑い、わたくしと主人を残して店のなかへ入っていきました。
「いまのは、誰ですか?」
主人はおもしろそうに笑っています。
「わたくしが焼き鳥の塩とタレを間違えたとき、わたくしを叱ってくださったお客さまです」
そう答えて笑いました。どうしたことか、笑いが込み上げてきたのです。
「お客さまからお年玉をもらうなんて、今年は、いい年になるかもしれませんよ」
主人もニッコリしました。
わたくしは、いただいたポチ袋のなかを調べてみました。なかには五円玉が入っているだけでした。ただ、その五円玉にはピンク色のリボンがくくってありました。
「ああ、それは、『ご縁』がありますようにという、縁起かつぎですね」
主人がそう言い、また笑いました。
「なんか、わたくし、幸せですわ」
わたくしは、東の空へ視線を向けました。
朝焼けに染まったオレンジ色の雲が、鳳凰が翼を広げているような形をしていました。
雲は神さまからのメッセージだよと誰かに教えてもらったことがあります。鳳凰がわたくしたち夫婦を祝福してくれているのでしょうか。
わたくしは嬉しくなり、主人の手をギュッと握りました。
(了)
沖縄が好きになるお話 レジェンド井伏 @ibuse
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