第二三話 『男爵家の男装令嬢』


 しゃがみこみ、気弱そうな茶髪の少年を眺める。

 私の視線に、どこか恥ずかしそうにする気弱そうな茶髪の少年。

 その仕草や照れ方、なんだか女の子みたいだ。

 あっと、すっかり忘れていた。

 名前を聞こう。

 一歩下がってスカートの端を持ち、お辞儀する。


「私、シルフィーナ・ルナリアと申します。よろしくお願いしますね」

 

 私の自己紹介に、気弱そうな茶髪の少年は、忘れてたと言わんばかりに慌てふためく。

 

「あわわっ! まだ自己紹介が未だでしたっ!」


 気弱そうな茶髪の少年は、そう言うと襟を正したようにブラウンの瞳で私を見上げた。

 

「僕はルーファス。ルデルグ男爵家の息子、ルーファス・ルデルグです…… 以後よろしく……」


 自己紹介をして縮こまる、気弱そうな茶髪の少年こと、ルーファス。

 ルデルグ男爵家の息子……

 男爵家という事は、騎士階級の貴族の家柄だという事か。

 それは目を付けられてもおかしくはない。

 実際、男爵家の令嬢であるドロシーも、家柄を理由に不当な扱いを受ける事も少なくなかった。

 何処の国も、貴族ってのは変わらないなぁ。


 それはそうと……


 ルーファスの前に立ち、しゃがみこむ。

 私がしゃがんだ事に、ルーファスは驚いた表情をしている。

 まあ、四メートルの巨人が目の前でしゃがんだら、そら驚きはするよね。

 ルーファスと私は見た感じ同い年ぐらいだから、ドロシーと同じ程の身長しかない。

 ほんと、私と同い年ぐらいって、みんな小さすぎる。

 私にとって、同い年はヌイグルミや人形も同然だ。


 無言でルーファスを観察していると、なんだか居心地悪そうに体を縮こませた。

 その様子は、どこか少女の色気がある。


 ふむ……

 ルーファスの胴体を両手で鷲掴みしてみる。


「ひゃんっ!?」


 可愛らしい声を出すルーファス。

 そんな声を敢えて無視して、両方の親指で胸をまさぐってみた。 


「んんっ!! あぁんっ!!」


 色気を含んだ声で喘ぐルーファス。

 ふーむ。

 この柔らかくも弾力のある膨らみ……

 間違いない、ルーファスは女の子だ。

 なんで『ルデルグ男爵家の息子』なんて自己紹介をしたのだろうか。

 両手を胴体から離して聞いてみる。


「ルーファス。貴女、女の子ですよね? なぜ男性のフリなんてしているのですか?」


 私の質問にルーファスは俯き、黙り込んでしまう。

 あらら、聞かれたくない事なのだろうか。



○○



 洒落た喫茶店でコーヒーを嗜む。

 ミルクと砂糖の入ったホットコーヒーを啜りながら、私でも座れる程の大きさのソファの感触を楽しんでいた。

 ほんと、私が座れる店があって良かった。

 テーブルを挟んで目の前に座っているルーファスがコーヒーを一口啜り、話始める。


「僕、本当は男爵家に娘として生まれたんです。でも、お父さんとお母さんは生まれた子供が男の子じゃない事が気に食わなかったみたいで…… その、貴族の家は長男が跡継ぎする事が一般的だから……」


 まあ、この世界の貴族社会は、基本は長男が後を継ぐ事は慣習になっている。

 一部、特別な家系は長女が継ぐ事になっている家もあるみたいだが、それは少数派なのは確かだ。

 ルーファスは続ける。


「でも、何故か僕を生んだ後に、お父さんとお母さんの間に子供は生まれなかったんだ。魔術師曰く、誰かから呪いを掛けられたとか何とかで…… それで、僕が家を継ぐ事になったんだ。 ……男の子として」

「そうなのですか……」


 ルーファスに同情の相槌を打つ。

 私は王女だから、将来のルナリア王国は結婚相手の殿方が国王になる予定ではあった。

 それぐらい、この世界は女性に主権が少ない。

 ほんと、逆に男性の権利が少なかった前世の日本とは大違いだ。

 だからこそ、本来は男性しか家を継ぐ事が出来ないから、ルーファスは女の子なのに男の子として育てられるしかなかったという事か。

 ルーファスは疲れた様子で続ける。 


「僕、本当は女の子だから…… 同い年の男の子と遊んでも体力がついて行かなくて…… みんな僕の事を男の子だと思ってるから、みんなから女々しいだとか、ひ弱だと言われちゃって……」


 うーん……

 それはつらい。

 まるで性同一障害の男の子の経験談を聴いているようだ。

 体は女の子だから、本当は男子と混じりたいのに体がついて行かない、といった感じの話は、よく聞く。

 そんな思いを、親の意向という、本人の意志や属性ではない部分で体験するのは、さぞつらいだろう。

 暗い表情でルーファスは続ける。 


「そんな感じだから、武術の訓練が厳しくなっていって…… でも僕には武術の才能が無いみたいなんだ。……代わりにあったのが魔法の才能。魔法を覚えるのが凄く楽しくて、気が付いたらアウリウス・アカデミーへの入学が許されていたんだ」

「なるほどねぇ……」


 つまり、今までの話を纏めると、あのガキ大将はルーファスを女々しくひ弱な男の子だと思っていたから、あんなことをやっていたという事か。

 なんていうか、まあ災難だこと。

 後ろからドロシーの声が聞こえてくる。


「なんとまぁ…… それは大変な人生を歩んできたのですわね……」


 ドロシー……

 そう言えば、君居たねぇ。

 正直完全に忘れていた。

 

「そう言えば貴女も居ましたね。ドロシー」

「やっぱり忘れられていましたの……」


 私の横を叩き、ドロシーをソファーに座らせる。

 そうしてドロシーの分のコーヒーを頼んだ。

 やがて来たコーヒーをドロシーはホッコリした表情で啜った。

 満足そうにドロシーが呟く。


「はわぁ…… シルフィーナ様への不満がゆっくりと浄化されていきますわぁ……」

「……本当にごめんなさい」


 私の謝罪なんて聞いていませんと言わんばかりにコーヒーを楽しんでいるドロシー。

 ……たいそうご立腹なご様子。

 これは菓子も頼んでおこう。

 ウェイトレスに菓子を注文する。

 運ばれてきた菓子を見てドロシーは見た目上はご機嫌だ。

 そんなドロシーはルーファスに言う。


「それにしても、ルーファス様も大変ですわね。わたくしも殿方として生きる事を思うと、想像を絶する苦労が容易に想像できますもの」

「……ありがとうございます」


 ドロシーの同情にルーファスは照れ臭そうに感謝した。

 そんなコーヒーをと菓子を楽しむドロシーから目をそらし、ルーファスは私を見つめて言ってくる。


「ところで…… お二人はどうしてルクシオンに?」

「私たちもアウリウス・アカデミーへ入学の為に来ました」

「そ、そうなんですか!?」


 私の返答に驚くルーファス。

 それはそうだ。

 アウリウス・アカデミーは名門中の名門の学園。

 大陸群周辺で随一の名門学園だ。

 そんな名門学園へ入学する事自体、本来は夢のような事なんだけど……

 残念ながら私は島流しの入学なんだよね。

 実力で入学が決まったルーファスと違い、裏口入学の私としてはキラキラとした瞳で私を見ているルーファスに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


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超巨大な公爵令嬢に転生したオレ氏、超でっかわいい! 社会的弱ミク @i_am_PadPlayer

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