ハーブ薫る春キャベツのパスタ

矢木羽研(やきうけん)

離さないのは目と心

「ふぁ~、おはようございまぁす」

「おはよう」


 長袖のロングTシャツ1枚のまま、眠そうな顔でキッチンに顔を出してきた後輩に挨拶を返す。


「さっそくキャベツ切ってますね」


 昨夜、彼女とうちで部屋飲みしてそのまま泊まっていった。いつものようにひと足早く起きた俺はブランチを仕込んでいる。昨日、スーパーで酒やツマミと一緒に買ってきた春キャベツを刻んでいたところだ。


「さっそく、作り始めちゃって大丈夫か?」

「ですね。ちょっとシャワー浴びてきます」


 それだけ言うと、体をうーんと伸ばして浴室へと消えていった。


 *


「さて、フライパンってことはワンパンパスタですね」


 シャワーを浴びて身支度を整えて戻ってきた彼女は、大きめのフライパンに水を張って沸かしているのを見てそう言った。いつもの調子に戻ってきたようだ。


「だな。春キャベツといっしょに茹でるんだ」

「ローリエ入れるんですね」

「そう、ワンパン調理なら汁を全部吸うから香りが付くんだ」


 すでにフライパンの中にはパスタ(リングイネ)と、ローリエが入っている。


「キャベツ以外の具はこれだけだな」

「ツナ缶、昨日まとめ買いしたやつですね」


 ラベル無しで格安でまとめ売りしていた油漬けのツナ缶を買ったのだ。賞味期限が近づいていたので熟成も進んで好都合だ。もっとも、もうすぐ引っ越しなのに荷物を増やすのは微妙といえば微妙なのだが。


「まずは先に油だけ入れよう」

「ツナ缶の油って風味があるから、無駄にしちゃもったいないですもんね」


 缶のプルトップを少しだけ開けて油だけを注ぎ入れていく。たくさんあるので贅沢に2缶を使う。


「キャベツはまだ入れないんですか?」

「茹で上がりの2分くらい前だな。芯の部分は先に入れておくか」


 芯は斜めに薄切りにしておいた。これなら早く火が通る。


「それじゃ、洗濯機でも回してきますか。洗い物は他にないですよね?」

「俺の分はみんな入れたと思うけど」


 一応、布団の周りを確認してみたが何もない。タオルなども含めて全て洗濯機に放り込んでおいたはずだ。今日は天気も良い洗濯日和である。


 *


「そろそろキャベツ入れます?」

「だな」


 すでに刻んでザルに盛ったキャベツを見せる。だいたい3センチ角に切りそろえてある。


「量はどのくらいですか?」

「だいたい乾麺と同じくらいだな。全体で200グラムちょっとだ。あとこれも少し入れる」

「それ、この前のカレーで使ったクミンパウダーですね?」

「本当はフェンネルシードを使いたかったんだけど、売ってなかったからな」


 フェンネルシード、それもできればホールが欲しかったのだが売ってなかった。まあ香り付けになればと思い、クミンで妥協することにしたのだ。


「フェンネルシードってあれですよね、カレー屋さんで最後に口直しに出てくる……」

「そうそう、カラフルな砂糖をまぶしてあるやつ。口の中がすっきりするんだよな」


 フェンネルは葉も種も球根も活用するハーブである。漢方では茴香ういきょうと呼び、様々な薬効があるとされる。


「魚料理や、漬物のザワークラウトにも使うからぴったりだと思ってたんだけどな」

「ま、無いものはしょうがないじゃないですか。ありあわせでなんとかするのが先輩流ですよね」

「そうだな。やれるだけやってみよう」


*


「そろそろキャベツ入れるか。水加減は問題なさそうだな」

「ワンパンパスタは水の量が大事ですからね」

「ああ、目を離さないでおいて、足りなくなったら少しずつお湯を加えていくんだ」


 俺の場合、水分は原則として乾麺の2倍+150グラム(=ml)を基本としているが、パスタの種類や具・調理環境などにも左右される。若干少なめの水分からスタートするとうまくいきやすいのだ。もっとも俺も後輩も"やわらかめ"党であり、硬めのアルデンテが好きな人であればまた事情は変わるだろう。


「煮詰まってきましたね……うん、パスタもちょうどいい感じ」

「それじゃ、ツナを入れてくか」


 パスタをつまみとって味見をした彼女を確認しつつ、ツナを入れる。最後の仕上げだ。


「そういえばニンニクとか唐辛子は入ってないんですね。てっきりペペロンチーノにするかと思ったのに」

「毎回同じパターンというのもつまらないからな。それに、春キャベツの甘みと香りをシンプルに活かしたかったんだ。他に入れたのは塩4グラム程度だな」

「味の素も入れてないんですね。まあツナ缶にアミノ酸が入ってるんですけど」


オリーブオイルを少し加え、全体的に和えて、それぞれの皿に盛る。


「春キャベツのハーブ仕立て、完成!」

「ではさっそく、いただきます!」


*


「にんにくをがっつり効かせるのもいいですけど、こういう優しい味もいいですね」

「起きたばかりにはちょうどいいだろ」


 程よい柔らかさのキャベツとパスタは朝食にもぴったりだ。そういえば本場イタリアでも、田舎の家庭料理では柔らかく、都会の外食では硬めの傾向があると『男のパスタ道』という本で読んだ覚えがある。世間のパスタレシピは都会派に傾きすぎな傾向があると思う。


「でも、やっぱりにんにくと唐辛子も恋しくなりますね。せっかく作ってくれたのに悪い気もしますけど」

「別に気にすることなんかないと思うぞ」


 俺はそう言って、冷蔵庫からにんにくのチューブと粉チーズ、タバスコを取り出す。


「食べる人が好きなように味変をする前提で作るのが俺のパスタだからな」

「さすが先輩、わかってますね!」


 俺の言う通りに嬉々として自分好みの味にする姿を見て、彼女の胃袋をつかんだことを改めて実感する。


「もう、離さないからな」

「ん、なにか言いました?」

「いや、なんでもない」


 こうして、今日もおだやかな一日が始まろうとしている。


*


今回のレシピ

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16818093073722885397

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