【後輩男子くんとヒミツの同居】彼と私の共通の趣味は「カクヨム」なのだ

桃もちみいか(天音葵葉)

「はなさないで」

 見慣れた私の部屋に、見慣れた男子がいる。


 この二つの要素は出会わないはずだった。


 だって、私はこの男子とは付き合っているわけでもないし、プライベートで親しいわけでもないのだから。



      ☕☕



 実はですね、私、投稿サイトカクヨムで小説を書くのが趣味だとバレ、なぜか後輩男子と同居するはめになりました!


 こっそり会社で仕事の休憩時間に「カクヨム」していた私。

 後輩男子にバレ、しかもペンネームを知られた!

 それがワンコ系男子な後輩の村瀬くんだ。

 びっくりなのは、村瀬くんもカクヨムで活動している作家さんだったこと。


 しかもこの後輩男子くん、突然「ある事情がありまして住むところが無くなってしまいまして。どうか少しのあいだだけ、お邪魔させてください。お願いしますっ!」と捨てられた子犬みたいな顔をして私の家に転がり込んできたのだ。



      ☕☕



「あ・つ・み・さぁ〜ん」

「ひゃあっ!」


 後ろから急ににハグされて、私は飛び上がった。言葉通り、数ミリ絶対にお尻がソファから浮いたと思う。


敦美あつみさん、なに書いてんの?」


 ふんわり、彼から私と同じボディシャンプーの香りがした。


「村瀬くん! ちょっ、ちょっと! 近いっ! 離れて」

「ちぇっ。いいじゃ〜ん、俺、敦美さんと仲良くしたい」


 彼はわんこ系男子。

 この子は拒否されることなんて怖いと思わないんだろう。

 気を許せそうな相手になら、ぐいぐい距離を詰めてくる。

 見かけの童顔で可愛い容姿も手伝ってか、会社での村瀬くんの人気は高い。


 逆に私は人見知りで、人と仲良くなるのに時間を要するタイプ。じっくりと人間関係を築いていく。

 村瀬くんは、人懐っこい。どうしたらこんな風に馴れ馴れしく……いや、うまい具合に甘えることが出来るのだろう。

 ……ほんと、羨ましいな。

 私はほんのりと、彼のような気さくな人間に憧れと嫉妬をいだいている。

 

「ふむふむ【風呂上がりの火照った身体で『はなさないで』と彼がすがるように囁いた】か〜。良いねえ、今回は恋愛小説ですか?」

「よっ、ヨムんじゃなーい! 言ったじゃん。カクヨムのサイトにアップするまでは読んじゃだめって」


 甘い声、反則です。

 その声で朗読しないで。

 やめて、耳元で囁くのナシっ、ナシです!


「見ちゃったもん。俺のもヨム? まだ下書きで途中だけど。それ、カクヨム誕生祭のやつですよね」

「そっ。KACのお題。『はなさないで』ってさ、抱きしめたのを『離さないで』とか、喋っちゃだめの『話さないで』とか色々あるよね。村瀬くんは? どんな『はなさないで』にしたの?」

「恋愛小説で純愛、もしくはホラーにも転がれるんですよ。……今回は純愛にすっかな」

「村瀬くんのガチホラー、好きなファン多いから、がっかりされちゃうんじゃない?」

「まあ、ね。だから逆に挑戦の意味で他のも書いてみたいって思うんだよね。……だけどさあ、どうしても悲しいかな、甘い雰囲気でヒロインたちに愛を囁かせても、俺の小説はホラーのイメージが先行するみたいで。展開の先や結末を想像されてホラーチックになるわけですよ。設定が吸血鬼とか幽霊だからかな〜」

「そうだねー。村瀬くんの書く吸血鬼、色気たっぷりで鼻血出そうになるけど、けっこうラストが近づくと怖いよね」


 村瀬くんはカクヨムのサイト内でも人気のある作家さんで、ホラー小説に定評がある。

 私は恥ずかしながら、書いているものは青春ラブコメが多い。自分としてはファンタジーも好きだし、もっと大人向けの恋愛小説も書いていきたいのだが、固定イメージはどうもラブコメで、他のジャンルだとびっくりされる。


 読者さんからコメントや応援をもらえると、やっぱりやる気が違う。


「推しの作家さんが書いたのを一番に読めるとか、マジ嬉しいっす」

「……私、書籍化デビューとかしてない底辺作家だよ? だってそれにフォロワーだってそんなにいないし」

「人気とかフォロワーの数じゃないっしょ。俺は敦美さんの描く世界観が好き。どの作品も愛やあたたかみがあって」

「私だって村瀬くんの小説好きだよ。冷たい描写や怖さと、主人公たちが互いに好きになっていく熱さ、温度差や対比が絶妙だよね。あと、景観? 美しい風景描写が素敵」

「敦美さんの書く夜空が綺麗で大好きだよ。……あのさ、敦美さんがマイページで代表作にしてる「星空をツクル恋」の桜と星が散って舞うシーンがめっちゃ好き。紡ぐ言葉が活き活きとしていて、本当に目の前に見えてくるみたいなんだ。読んでいるあいだは、まるで魔法の世界に連れて行かれたみたいに没入してるんだよ。あの話、敦美さんにしては珍しくバッドエンドで泣いちゃったんだよね。ジャンルはファンタジーにしてるけど、家族愛も感じられてさ」


 気づけば、村瀬くんはソファに座ってる。

 私のすぐ横、すぐ隣り。


 そばに村瀬くんがいて、腕が触れ合ってる距離で。


 くすぐったいぐらい、…………声が近い。


 村瀬くん、切なそうにこっちを見てる?


 瞳と瞳が合うと、どきっとした。

 私が視線をそらすと、村瀬くんが私の両手をとって、自分の背中に回してしまった。


「俺を離さないで。敦美さん、俺を抱きしめてみて」

「ふえっ!?」

「俺に恋愛を教えてください。俺に敦美さんの持ってる大好きって気持ち、もっとください」

「……なにそれ。これから書く小説のセリフ……?」

「違う。リアルだよ」


 カクヨムで小説を書き読むのが、私と村瀬くんの共通の趣味だ。

 私たちは文字を紡ぎ、文章を組み立て、連ね、物語にしていく。


 小説サイトで、たった一言の出されたお題の「はなさないで」に振り回され、思いっきり楽しんでいる。



                   おしまい♪

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【後輩男子くんとヒミツの同居】彼と私の共通の趣味は「カクヨム」なのだ 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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