地獄名代の五十代目、ブラック企業の社長共を絶望へ叩き落とす

奈良ひさぎ

地獄名代の五十代目、ブラック企業の社長共を絶望へ叩き落とす

 地獄名代の五十代目と言ったとて、それ自体に大して価値があるわけではない。


 私の親の親の親と同じ頃に生まれた獄卒などごまんといるが、みな口を揃えて私を期待の新星だとか、新世代だとか呼んでくる。地獄も現世の情勢に合わせ変わっていかねばならない。その期待を私は背負っている。つまり現世の企業の若手社員と、何ら変わりない。


「名家のお嬢様ってのはそういうもんよ。しかも五十代目ときたら、何かしら派手に新しいことをせにゃならん」

「せにゃならんって、地獄そのものが変わりゃしないのに」

「そこをなんとかするのがあんたさんの仕事さ。頼むぜ?」


 同僚の獄卒で、阿修羅のような出で立ちをした男が私に世間話をしに来た。私に見せる顔は優男そのものだが、亡者を相手にすると途端に鬼そのものになる。

 昔から絶えず亡者を受け入れてきたこの地獄という場所は、そもそもその仕組みを変える必要がない。亡者という名の客は何もせずとも毎日日にちやってくるし、亡者も地獄の側もそれを拒むことはできない。現世の会社と違って、変わらなくとも全く問題ないのだ。それを変えろ変えろと騒ぎ立てるのは、いつも若い衆ばかり。

 彼らは亡者を捌きいじめるうちに、退屈という概念を覚えてしまったのだ。このままのらりくらりと獄卒として過ごすのもよいが、しかし刺激が欲しい。亡者の生前の行いも時代に伴って変化しているから、大方それにあてられたのだろう。働き過ぎで体を壊して死んだだの、鬱で自ら命を絶っただの、そういうのはこの数十年でやたらと増えた。いったい現世はどんな地獄なのか、地獄よりも地獄の様相を呈してどうするとは、確かに私も言いたくなる。


「しかしまあ、簡単にできることと言えば新しい地獄を作ることくらいだけれども……」

「新しい地獄と言ったって、亡者共に与える苦しみとやらは一通り出尽くしただろうに」

「コンセプトを新しくするんだよ」


 私にも考えがないわけではない。落とす亡者の属性を、今風にアップデートするのだ。

 獄卒は亡者を苦しめるためにいるから、いかにして苦痛を与えるかを突き詰めて考える連中が多い。しかしそれでは通り一遍な地獄になるだけである。血の池地獄の血の池を熱くしたところで、お釈迦様が蜘蛛の糸を垂らしてくれる幻想を亡者が抱くことに変わりはない。


「こんせぷと?」

「あんたは横文字になると急に弱くなるねえ?」

「おつむの出来がよくねえんだよ、許せ」

「まあ、おつむの出来で言えば、彼らも負けず劣らずというところだけどねえ」


 亡者への苦痛の与え方が従来通りであれば、大幅な設備改造が必要ないのですんなり承認が下りる。手始めに現世に蔓延はびこるというブラック企業の社長を分別して、ひたすら獄卒が体を切り刻む地獄へ落とすようにした。浄玻璃鏡じょうはりのかがみで前世の行いは丸分かりなので、やることはこれまでとそれほど変わりない。ある程度役職の高い獄卒であれば、それぞれの亡者がどういったブラック企業を経営していたのか知れるようになっているから、退屈もある程度はマシになったようだ。


「はえぇ。便利に使えて、対価も雀の涙でいいような使い勝手のいい駒を欲しがるのは、あっちもこっちも同じなんだな」

「よく分かってるんじゃないか」

「しかし現世じゃあ訳が違うぜ? 金がなきゃ何も出来ねえんだから」

「だから自分で命を絶った連中が絶えず来るんだろうね。理不尽に使い走られるのは、誰だって嫌なもんさ」


 浄玻璃鏡でこういう兆候が見られた亡者はこっちに回してくれと別の補佐官にリストを送って以来、それはもう山のように亡者が流れてきていた。これほどまでに人を残酷にこき使う人間がいるのかと、最初の方は驚くばかりだったが、最近はもう慣れてしまった。現世とはそれほど無情なものなのだと一度納得してしまうと、それで終わり。

 一度こちらに送り込まれてきた亡者に経験させる苦痛は、ある程度私に裁量権がある。一通り地獄の辛苦をやらせてみた。私はあいにく亡者が苦しむ姿を見ても快楽を覚えないタイプで、むしろ反吐が出そうになるので、いい年して死んだ連中が無様な声を上げるさまを見てこちらが苦しんでいた。そしてあれこれやらせてみて感じたのは、すでに地獄にある辛苦では、彼らに真の意味で罰を与えることにはならない、ということ。体を切り刻まれる苦しみは実際に人を殺したことのある亡者が経験すべきであって、一応手を出したことのないブラック企業の社長共には大して効き目がない。


「……で、一風変わった地獄を作ってみた、ってわけだ」

「そう。地獄でもまさかデスクワークをやるなんて、思わなかっただろうね」

「ですくわーく?」

「……あんた、それも分からないでよく今まで獄卒やってきたね?」

「俺らは亡者共を苦痛に沈めときゃそれでいいし、それがたまらなく気持ちいいんだよ。多様性だか国際性だか、そういうのはてんで専門外ってもんだ」

「はあ……」


 そこで実験的ではあるが、新しい地獄を考案してスタートさせた。下っ端獄卒がやる仕事を、亡者自身に任せるのだ。

 審判を受けてひたすら歩き、長い旅路の末に行き着くのが地獄なわけだが、地獄に入ってからも長い。本当に配属されたその地獄でいいのか、他の地獄の方が適切ではないかという審議は常になされるし、生前の罪の重さに応じてどの程度の回数苦しみを与えるかも亡者によって違う。それらは膨大な量の書類になって、獄卒の間を頻繁に行き来する。業務内容は地獄間だけのものでなく、海外の地獄との交渉や、文化交流も入ってくる。獄卒はその書類作成に追われ、中には亡者に苦しみを与えるという本来の業務が疎かになっている者もいるのだ。それをかねてから問題と考えていた私は、亡者にその仕事を一部任せ、獄卒にはひたすら亡者をいじめてもらうという、いわゆる業務改革を行った。今のところ、獄卒からの評価はかなりいい。


「ちなみに、亡者がやっている獄卒の書類仕事は通常の100倍だよ」

「100倍? とんでもないな」

「100のうち99は終わらせてもそのままくずかごに捨てられるだけの無駄な作業だけどね。しかしこれは時代に合った、なかなか乙な苦痛だと思うけれど」

「なるほどなあ」

「試しにくずかごに捨てられて努力が水の泡になる様子を目の前で見せるようにしているけど……なかなか効果てきめんみたいだ。挫折したらその瞬間に体を真っ二つに引きちぎられるものだから、良い感じに真面目に取り組んでくれる。そのほとんどが無駄であることはやはり変わらないけどね」

「なかなか畜生な地獄なもんだ」

「それが本来の姿ってもんだろ?」

「まあ、そうだな。しかし『いいとこのお嬢さん』だったあんたさんが、こんなことをやるようになるとはなあ」


 地獄にも名家は存在する。いったいどれほど生きているのか疑問な獄卒もごまんといるなかで、輝かしい実績を代々挙げてきた家。それが私の実家だ。あまりにも大きなその看板を背負い、私は今いっぱしの補佐官をやっている。地獄名代の五十代目、なんて語呂がそこそこいいだけで、それ以外にいいことなんてありゃしないと思うことも多々ある。しかし悪行に手を染めた亡者たちをいつ何時も受け入れられる、手広い地獄をアップデートし変えてゆくのもまた、私たちのような存在なのだ。


 私は今日も、醜い中高年の叫びを聞き流しながら、ひたすら意味のない書類を大量に彼らに叩きつける。

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地獄名代の五十代目、ブラック企業の社長共を絶望へ叩き落とす 奈良ひさぎ @RyotoNara

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