後編
イ〇ンでクレープを食べた後、いくつかのお店をブラッと見て回ったけど、イ〇ンって言っても田舎だから、大して広くもなければたくさんのお店が入ってるわけでもない。
しばらくすると、二人して待ち合わせしていた山の社に戻っていった。
「クレープご馳走様。ありがとう。それに、今日は楽しかったよ」
「バレンタインでもらったもののお返しをしただけなんだから、お礼なんていいわよ」
木葉とは、これで今日はお別れ。
だけど最後にひとつ、大事なことが残ってる。
今こそ渡すんだ。この日のために作った、手作りキャラメルを。
形は悪いし特別美味しくもないけど、せっかく作ったからには、ちゃんと渡さなきゃ。
「あ、あのさ、木葉……」
「なに?」
鞄の奥から、ラッピングしたキャラメルの包みを取り出そうとする。
その時だった。
突然、社の近くにある茂みから何かが飛び出し、私にぶつかってきた。
「うわっ!」
その場に倒れて尻もちをつく。と思ったんだけど、そうなる前に間一髪、木葉が受け止めてくれた。
「志保、大丈夫?」
「うん。なんとか」
ホッとして、だけどそこで気づく。
これって、バレンタインの時と同じパターンじゃない!
確認すると、思った通り、さっき取り出そうとしていたキャラメルの包みがなくなってる。
そして辺りを見回すと、一匹の狸がいた。
「あんたは、小豆洗い狸!」
小豆洗い狸ってのは、木葉と同じく、この山に住む妖怪。
小豆洗いって妖怪の伝承は日本各地にあるけど、その中には正体は狸が化けたものってのもあって、元ネタがあいつらしいの。
ただし、最近じゃ小豆を使ったものだけじゃない、もっと色んなお菓子を知りたいって言って、チョコレートもぐもぐ狸だの、マカロンパクパク狸だの、マリトッツォムシャムシャ狸だのを目指すなんてわけわかんないことを言っていた。
そのせいで、バレンタインの時は私の作ったチョコを盗られかけたんだから!
「小豆洗い狸。その名前はもう古いですね。令和の時代に合わせてアップデートした私の名前。それは、お菓子くすねる狸です!」
「ただの泥棒じゃない!」
バレンタインに私のチョコをとった時にこってり絞って反省したと思ったけど、全然懲りてなかったのね。
けど、ドドーンと決めポーズをしたのが間違いだった。
その間に木葉が素早く詰め寄って、あっという間に捕まえた。
「このイタズラ狸! 今度こそただじゃおかないぞ!」
「わわっ! は、助けて! 見逃して!」
「いいわよ木葉! そのまま離さないで!」
ジタバタ暴れる狸だけど、木葉がガッシリ体を掴んでいるから、とても逃げられそうにない。
そして、木葉が叫ぶ。
「いいから、盗ったやつ返せ! それはな、志保が俺のために、心を込めて作ってくれたお菓子なんだぞ!」
…………え?
木葉。今、なんて言った?
狸からキャラメルを奪い返した木葉は、「はい」って言って、それを私に返す。
それはいい。それはいいのよ。だけどね……
「こ、木葉。あなた、私がキャラメル用意してたの、知ってたの?」
震える声で、聞いてみる。
すると木葉は、しまったって顔をした。
「あ、ああ。これって、中身キャラメルだったんだ。そこまではわからなかったよ」
「……そうじゃなくて、どうして知ってたのよ」
「えっと、志保が何度も鞄の中身を気にしてて、何かの包みがチラッチラッて見えたから、そういうことかなって……」
「…………じゃあ、いつから気づいてたの?」
「その……イ〇ンに行ってる途中くらいからかな」
めちゃめちゃ最初の方じゃない。
じゃあ、私が湯前さんの口を塞いでた時も、全部知ってたってこと!?
「き、気づいてたなら、なんで何も言わなかったのよ」
「志保がせっかく隠してるなら、俺から何か言うのは野暮だし、話さないでおこうって思ったんだよ。それに……」
「それに?」
「気づかれないように必死で隠そうとしてるところ、見ててとっても可愛かったから」
「バカーーーーっ!」
そんなくだらない理由なの!?
私は必死になって隠してたのに、全部知っててニヤニヤ笑ってたわけ!?
私の苦労返してよ!
思わず木葉の胸ぐらを掴んで、グワングワン揺らす。
「し、志保。苦しい……」
「苦しいくらいなによ! 私なんて、もっと大変なんだからーっ!」
そうして揺さぶることしばらく。体力の限界が来てようやくストップする頃には、羞恥心も限界にしていて、力無くヘナヘナと地面に座り込む。
目を回した木葉も、同じく地面に座り込んでいた。
「ああ、もう! そんなやつにはキャラメルなんてあげないから!」
「あぁっ、ごめん! 謝るからちょうだい!」
顔の前で両手を合わせて、ごめんのポーズをとる木葉。
その手に向かって、押し付けるようにキャラメルを渡す。
まったく。なんのロマンもムードもない渡し方になっちゃった。
これ、やっぱりバレンタインの時と同じじゃない!
これも、元はと言えばあの狸のせい。
だけどその狸は、もうとっくに逃げていた。
次に会ったら、罰としてカチカチ山の刑にしてやるんだから!
けどこんなおかしなことになっても、キャラメルを受け取った木葉は嬉しそう。
「志保の手作りキャラメル。大事にとっておいて──」
「さっさと食べなさい。痛むから」
チョコをあげた時は、浮かれるあまりこの社に飾ろうとしたのよね。御神体をどかして。
早々に釘を刺しておかないと、また罰当たりなことをしかねない。
「ところで志保。どうしてキャラメルにしたの?」
「別に、大した理由なんてないわよ。適当よ、適当」
「ふーん。ホワイトデーのお返しって、キャンディーだと好き、マシュマロだと嫌いみたいに、どのお菓子にするかで相手に送る意味が違うっていうの、知ってた?」
「知らない。興味ない」
木葉の質問に、どうでもいいって感じで素っ気なく返す。
すると木葉は、それ以上何も言わずにクスリと笑った。
な、なによ。その、全部わかってるよって感じの顔は。
ちなみに、お菓子によって意味があるってのは、本当は知ってた。
私が送ったキャラメルは、『あなたといると安心する』。
けどね、木葉と一緒にいて安心することなんて、これっぽっちもないんだから。むしろ、いつも色んな意味で心臓がバクバクしっぱなしよ。
ただ、キャンディーたいに『好き』って意味を送るのは恥ずかしいし、だからってマシュマロで『嫌い』を送るのはさすがに悪いかなって思ったから、それなりに無難なのを一生懸命探して選んだだけなんだから。
こんなこと知られると、またからかわれそうだから、絶対言わないけど。
ああ。やっぱり、ホワイトデーのお返しって難しい。
ちなみに、木葉がくれたマカロンの意味は、『特別な存在』。
わざわざ作るのが難しいマカロンを選んだのは、それを伝えたいからなんでしょ。
だけど、気づいているなんて、絶対言ってやらないんだから。
おしまい
志保と木葉のホワイトデー 無月兄 @tukuyomimutuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます