ある日の一匹とひとり。

ritsuca

第1話

 あたし、ねこ。

 この箱、最近の寝床。飼い主の残り香がほんのり香るし柔らかくてふかふかしてて、最高。

 ごはんは箱を出て床を3歩くらい歩いたところにある。飼い主がいなくても勝手に餌を用意してくれるこれ、最初はあんまり好きじゃなかったけど、これのおかげで飼い主が用意してくれるご飯がもっと楽しみになったしもっとスペシャルになったから、結果オーライ。

 ドアの方からガチャガチャ音がする。この音は飼い主じゃない。最近ここには飼い主よりも飼い主じゃない人間――あたしよりも後にこの家にきた、あたしの下僕の方が長くいると思う。飼い主は「ねんどまつ」とかいうののせいで帰ってくるのが遅いのだ。寂しくはないけど、つまらない。


「おーじ、ただいま」

「んな〜〜〜」


 下僕のくせに最近やっとあたしの気持ちいいところを覚えたらしい。顎の下をほんの少しだけなぞって離れていく指を、ついつい追いかけてしまう。

 手を洗った下僕は、流しの下のドアを開けた。飼い主と下僕がいつも使っている食器は、流しの下、右側にある。人間って、どうしてこんなにたくさんお皿を使うんだろう。飼い主ひとりのときよりもぎゅうぎゅうに詰め込まれたお皿を下僕の身体越しに覗いて思うけど、誰も答えは教えてくれない。

 「どんぶり」と呼ぶらしい、深いお皿を取り出して、お次は冷凍庫――ははーん、これは最近の下僕お決まりメニューだな。こら、あんたがちゃんと食べて元気でいないと飼い主がしょんぼりするんだから。


「おーじ、こら、動けないって。そうか、おーじもお腹空いたよな。ちょっと待ってな、ごはん用意するから」


 そう言われたら、せっかくホールドした脚も離さないわけにはいかない。

 今日は何かな、って、それ、機械のスイッチ押しただけじゃない!


「ほら、おいで」

「ぅな~~~」


 でも、おいで、って言われると行っちゃうのよね。この人の手も、温かいんだ。

 ねぇ、あたしの大事な飼い主のこと、離さないでね。

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