本編


私は夏休み、実家の墓参りもかねて

地元に戻ってきていた。


過疎化が進んだと聞いているが、

それでも私と同じように夏休みなのか、

子供たちが元気に走り回っている。


スマホで時刻を見ると、すでに19時を回って

いたが―――

夏という事もあって、まだ真っ暗という

ほどでも無い。


大きな石段を見上げながら、私はそばにある

備え付けのベンチに腰かけた。


この石段は確か、鬼が作ったとの事だ。


この地に伝わる昔話、伝承で……

ここ一帯を荒らしまわる鬼たちがいたので、

村人たちが賭けを持ち掛けたのだという。


一晩で千段の石段を作る事が出来たのなら、

大人しく言う事を聞くし、貢ぎ物も差し出す。

もし出来なかったら山へ帰って欲しい、

というものだ。


鬼がそんな賭けに乗って、何のメリットが

あるのかと思うが―――

まあ、昔話にそんなツッコミを入れる方が

無粋というものか。


そして999段まで作ったところで、鶏が鳴いて

夜明けを告げ……

賭けに負けた鬼たちは、山に帰ったという事だ。


このへん、鬼がきちんと負けを認め、

約束を守るところが面白いよな。


どちらかというとこの手の約束を破るのは、

人間側の方が多い気がする。

鶏だって、実は村人の誰かが鳴き声を

真似したという話もあって……


「かみつかれたー」


「かみつかれたー」


そこで子供たちの声が聞こえ、一瞬身構える。


噛みつかれた? 何に? 野犬とかヘビ?

それとも別の動物かと思っていると、


子供たちに動揺した様子はなく―――

ただ座って何かしている。


じゃあ何で『噛みつかれた』、なんて

言っていたのだろうか?


そこで男の子2人と女の子1人、年齢は

4,5才くらいだろうか。

少し大きめの石を持って、それを思い思いの

方向へ投げていた。


そういえば、悪さをしていた鬼たちは

5人と聞く。

両親、そして子供が3人だったそうで、


こういう設定は細かいなと思うが、

それはそれとして……

その5人の鬼は今はここにまつられて

いるらしい。


そして子供は3人。

ちょうど遊んでいる子供たちと同じだ。

という事は―――


鬼の子供たちと同じように、石段を積み上げる

真似をして、


そして疲れたから、『神、疲れたー』と

言っていたのか。


まあ何にせよ本当に何も噛みつかれて

いなければ、心配する事は無い。


私は腰を上げ、お尻をパッパッとはらうと、


「あ、じぃじ!」


「じーじー!!」


見ると彼らの祖父が来たようで、3人の

子供たちはその老人に向かって走っていった。


「じぃじ、かみつかれたー」


「そうかそうか。

 もうおらなんだな?」


「いないー」


「やれやれじゃ。

 今さらどうにもならぬ事なのにのう」


片言で話す子供たちに、祖父と呼ばれた老人は

目を細めながら一緒に帰っていった。


さて、自分も戻るか……

と一歩を踏み出した時、どこか違和感を覚えた。


先ほどの、老人と孫と思われる子供たちの会話。


『もうおらなんだな?』

『いないー』


そこで私は首を傾げる。


神、疲れたというのであれば、もういない、

という返しはどうなのか?


確かにあの子たちは鬼の子、今は祀られている

神の真似をしていたのだろう。


だからそれに疲れて―――

あんな事をしゃべったのではないのか?


『噛みつかれた』のではなく、

『神疲れた』のでも無い、という事だろうか。


となると、最後の老人の言葉……

『今さらもうどうにもならぬ事』……


そういえば、あの子たちは少し大きめの石を

持っていた。

だから、石段を積み上げた鬼たちの真似を

していたのだろう、と推測したのだ。


だけど、あれが真似じゃなかったとしたら?






『神憑かれたー』―――





ああ、そうか。


あの子たちは、『神にかれた』と

言っていたのだ。


そしてここに神として祀られているのは鬼たち。


……鬼の子供たちは、まだ石段を積み上げている

つもりなのだろうか。


まあ、あと一段でダメになったって言われても、

子供は納得しないし悔しいよなあ。


そんな事を考えながら、私も実家への道を

急いだ。


『コンッ』


どこかから、投げた小石がぶつかるような

音が聞こえた。



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「かみつかれた」 アンミン @annmin

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