ホワイトデーは必然で(物理)

石動 朔

少なくとも渡すのは人だと思っていたけれど

 まずい。頭が痛い...

 まさか今日に限って同僚の送別会だなんて、今何時だ。さっき店を出る時はまだ今日だったはずだ。


 ...ほんと、バカみたいだ。来るかもわからないUFOにこんな執着するだなんて。


 俺は強く吹き付ける風で酔いを醒ましつつ、暗くて先が見えない河川敷を走った。

 温まっていた体はすぐに冷え、脇から流れる冷えた汗が嫌な気分にさせる。


 その時、前方に何かが見えた。

 暗くてそれが何かわからないが、先の建物の明かりがないのでそこだけがダークマターのようになっている。

 さらに近づいていくと、それがこの前に見たUFOだということに気づく。


 まさか、待っていてくれたのか。


 走ってくる音が近づいてくるのに気づいたのだろうか、もーんというくぐもった音と共に突如前方が光りだし、爆風を巻きあげながらその物体は浮き始めた。

 そして、中心から細く鋭いノズルが現れる。


 次の瞬間、俺の目の前にレーザービームを打ち放った。


 まずい、なんでか知らないけど殺される。

 そう思い俺は身構えるが、そのビームはこちらへ飛んで来ない。

 何をしているのか近づいてみると地面に何か細かく、それを動かしている。


 ややあってレーザーが止むとノズルは引っ込み、代わりに懐中電灯のようなもので足元を照らした。


『もうこないのかとおもった。うれしい。』


 削られたコンクリートにはそう書いてあってかなり待たせてしまったのだと気づく。

 宇宙人といえどもここまで意思の疎通が出来てしまっては人間と同じと言えよう。そう思うと余計罪悪感に見舞われ、浮いているUFOも何処か寂しそうに見えてしまう。


「あの、すまなかった。それで...これがお返しだ。受け取れ」

 そう言って俺は、簡単な包装から取り出した一枚のクッキーを掌に載せた。

「ちゃんと自分で作ったからな。ほとんど焦げてこれしか上手くできなかったけど、受け取ってくれ」

 まるで告白をしているかの状況に、醒めきったはずの酔いであろうものがぽわぽわと胸を熱くさせる。

 

 すると手に乗せていたクッキーがカタカタと揺れ始め、1秒にも満たない速度で頭上に吸い込まれていった。

 

 果たして、お気に召してくれたか。

 妙に鼓動が早い心臓をアルコールのせいにして、俺は宇宙人のアンサーを待つ。

 

 ガコン


 UFOから大きい音が聞こえ咄嗟に顔を上げると、その物体はわかりやすい程に揺れ始めていて、瞬きの合間にものすごい速度であちらこちらを行ったり来たりしていた。


 い、一体何をするつもりだ...

 そう身構えていると、段々UFOは遠ざかっていき、やがてその姿は見えないところまで行ってしまった。


 もしかすると、俺の作ったクッキーが不味すぎて悶えていたのか...

 現状考えうる『フラれた』という結果に、俺は宇宙人が消えていった空を見上げる他なかった。

 暗闇は今の自分の心を表しているかのように虚無が広がっていて、ちらほらと光る星々は手の届かないところにいつもいることを改めて自覚させられる。

 急に現実に戻された俺は、落ち込む心をどうすることもできなかった。


 まぁ、人には言えないけど、良い経験をさせてもらったな。切り替えて明日も仕事頑張ろう...ん?

 

 それは、1ヶ月前にもあった状況だった。


 空からひらひらと紙切れが落ちてくる。

 風の流れをものともせず俺の手元に落ちてきたそれは、何処か質感がいつものと違うような気がした。

 

 恐る恐る裏返してみると、そこには。


「...QRコード?」

 その真ん中には、見慣れた緑のアイコンがあった。


 

 開かれたトーク画面はいつもと同じ、人と人とがコミュニケーションをするためにあるものである。

 ただ俺が今から話すのは未知の生物、何も知らないやつが聞いたら病院送りにされてしまうだろう。


 何から話せば良いのかと夢想する中、1つ気になる事があったことを思い出す。

 どうにでもなれ、そう思った俺は無心にキーボードをタップし、流れるようにメッセージを送信した。


『あのチョコは、カカオ何%なんだ?』

 送ってからアプリを閉じる間もなく、相手は既読し、メッセージを返した。


『ひらがなしかわからない。』

 

 その言葉に、俺はふっと息がこぼれる。


 きっとこれが人類初めての、地球外生命体との交信だって考えるとおかしくて仕方がなく、俺はただただ笑うことしかできなかった。

 

 

 

 

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