あまえんぼう
銀色小鳩
あまえんぼう
部屋を真っ暗にすると、急に天井の闇に吸い込まれるような気がしてくる。不安が胸を締め付けると、急に、吸っても吸っても酸素が足りないような気がしてくる。天井の闇が広がり、わたしを完全に包んでしまって、もう二度と起きることができないのではないか。
暗闇の中を繭香がゆっくりと部屋に入って来た。わたしが寝ているだろうと思って、音を立てずにしずかに布団をめくり、先にベットに入っていたわたしの隣に潜り込む。眩しくないようにわたしに背をむけて、スマホで何かを見ている。繭香の背中を、ぎゅうと後ろから抱きしめると、繭香から、こちらの様子を伺うような視線がきた。
「ぎゅう、しようか?」
「ん。して……」
繭香はわたしに向き直り、優しく抱きしめてくれた。細い指がわたしの髪をくすぐり撫でる。
「あまえんぼうデスネ~~?」
「いいもん。かまえ~~。甘えさせろ~~」
わがままぶって、繭香に頭を擦り付ける。
「はいはい。大好き。よしよし。よーしよしよし」
ふわんと花のような香りがする。彼女の手の甲を撫でさすると、すべすべした肌の感覚が気持ちよくて、いつまでも触れていたくなる。そのまま恋人繋ぎになるように指を滑らせる。
「不安になっちゃったの?」
耳元で聞いてくる繭香の声に、
「そういうわけじゃないけど……」
と返す。
不安になると繭香が恋しくなるのは確かだけれど、それだけで繭香と一緒にいるわけじゃない。でも、もし、繭香が、自分がいないとわたしが寂しがると思って一緒にいてくれるのなら、わたしは寂しがりのあまえんぼうのままでいい。
「ちゅ~~」
繭香が口をすぼめるので、わたしもその唇に唇を軽く触れ合わせる。繭香はぴったりと体を寄せてくれた。
もっと。ずっと。もっとくっついていたい。もっと――。
だんだんと、ふわふわと宙に浮き、いろいろなものと交じり合い、溶けていくような気分になる。暗い部屋はいつしか宇宙空間のように意識を広げていく。どこからどこまでがわたしだろう、どこからが繭香だろう。
寂しかった暗い夜は、たくさんの色の塗り重なった熱い空間になった。わたしたちは連星のように引きつけ合ってお互いの熱と重さを感じている。このまま一つの星になれてしまえばいいのに。
「わたしのこと、はなさないでね」
そういって縋った手を、いつも繭香は包み込んでくれる。
「はなさないよ。ぜったい。安心して」
ぜったい、なんて、どうして言いきれるのだろう。ぜったいなんて、この世にあるはずがないのに。
だけど、わたしはそう言われると安心して眠りにつくことができた。繭香のやわらかい手がとんとんとわたしの背中をたたく。その優しいリズムがあれば、ひとりではないと感じることができた。わたしはそれがもう癖になってしまって、繭香なしでは二度と本当の眠りを得ることができないのではないかとすら思うことがある。
どうしよう。繭香が、いなくなったら。そんな世界は考えたくもない。
繭香がわたしの目を覗き込み、訪ねてくる。
「花粉? 泣いた……?」
目が赤くなっているのが花粉のせいか、ということだろう。心細くなっていたわたしは、繭香にしがみついて、言った。
「花粉……」
「そっか。じゃ、いっぱい抱っこしないとね?」
「抱っこすると花粉症は良くなるの?」
思わず駄々っ子のような質問を投げかける。その声に少し感情が入ってしまっているのを、繭香はいつも気づく。
「どうだろうね?」
「もっとぎゅーってして?」
「はーい。もう、ぎゅ~~……」
そういって繭香がまた、わたしを抱きしめてくれる。
「花粉症が良くなるように、いっぱいぎゅーして?」
「はいはい。ぎゅ~~。いっぱいいっぱい、ぎゅ~~」
甘ったるい声で繭香はわたしを甘やかす。
「……ほんとうに花粉症、良くなると思ってる?」
意地悪く聞くと、ふふっと繭香は笑った。
「良くならないかもしれないけど」
繭香はどうして、こんなに優しい笑い方ができるんだろう。どうしてわたしと一緒にいてくれるんだろう?
「花粉症は良くならなくても、花粉症のふりをする必要はなくなるよ」
繭香は、わたしの気持ちを見破っている。
けど、わたしだって――。
ほんとうはわたしだって、繭香をぎゅーっとしたいだけの日だってある。繭香が、わたしから甘えられるのが大好きなのがわかる。だから、甘えられるんだよ。
「ちゅーしてあまえんぼうをうつしてやる!」
わたしは繭香の柔らかい頬に唇を押し付ける。
「うつった。妖怪・あまえんぼう!」
くくくと繭香は笑って、わたしに体重をあずけてくる。
妖怪でいい。妖怪でいいから、もっと、繭香の重さをもっと感じたい。胸が痛くなるほどにいとおしい、繭香の重み。
もう、どっちがあまえんぼうでもいい。もっと。ずっとこうしていて。
あまえんぼう 銀色小鳩 @ginnirokobato
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