第3話 エピローグ
「ナナミさん、大変お世話になりました。立て替えて頂いたピルの代金は、軍のほうからナナミさんの口座に振り込ませていただきます」
クレアが差し出した端末に表示されている金額を見たナナミは、ため息をついてクレアを見た。
「……この額、もらい過ぎですね。これって、口止め料も含まれているんでしょう?」
クレアは寂しい笑いを向けた。
「いうまでもありませんが、今回の事件については口外無用に願います。情報漏洩についてはスサノーがお話ししたとおり、禁固刑以上の実刑に罰せられます」
「わかっていますよ、中佐さ……、いや、クレアさん。俺だって命は惜しいですから」
無表情にうなずいたクレアは、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。それではナナミさん、私たちはこれで」
ナナミに背を向けてスサノオのコクピットへと上がるラダーに手をかけたクレアの背に、ナナミが声をかけた。
「クレアさん。俺たち、もう会えないんですか?」
背中越しに、クレアが感情のない声を投げる。
「私は軍人です。軍人は、任務以外で動くことはありません」
「でも、たまの休暇とか……」
クレアは振り向くと、困ったように笑った。
「ナナミさん、あなたは私を誤解していますよ。軍においては、今回みたいな民間人を守るようなきれいな任務ばかりではありません」
「それは」
「私は、人を殺したこともあるのですよ」
ナナミは、何も言うことが出来ない自分を悔しく思った。住んでいる世界が違う。そう彼女は自分にくぎを刺し、はっきりとした拒絶を口にしているのだ。
それでも俺は、彼女のことが。
ナナミは顔を上げると、笑顔を作った。
「わかりました。でも、もしまた任務でガス欠になるようなことがあれば、このステーションのことも思い出してください。ピル、常備品に加えておきますから」
ナナミの言葉に、クレアは朗らかに笑った。軍人の社交辞令ではない素顔の彼女の笑顔だと、ナナミはそう思うことにした。
クレアはナナミから目を離さないままで、スサノオに声をかけた。
「スサノー、ラダー上げて」
「
コクピットに座ったクレアはナナミの方に顔を向けると、例の隙のない敬礼を送った。ナナミも、見様見真似で彼女に敬礼を返す。
設定よりもわざと時間をかけて、スサノオはキャノピーを閉じた。
「……クレア様」
非常灯が点灯しているだけの暗いコクピットの中で、膝を抱えて虚空を見つめていたクレアに、スサノオがためらいがちに声をかけた。
「うん?」
「音楽でも流しましょうか」
ややあって、クレアがぽつりとつぶやいた。
「そうだね。アコースティック・ギターとか、聴きたいかな」
「了解しました、適当にセレクトさせていただきます」
狭い空間に優し気な弦の音色が響き始める。こんなことは慣れっこのはずなのに、とクレアは自分の膝の間に顔をうずめた。
「……ありがとう、スサノー」
「どういたしまして、クレア様」
一人と一機は静かな調べに乗りながら、ゆっくりとした巡航速度で地球への航路をたどっていった。
スターシップ・クルーザー スサノオ 諏訪野 滋 @suwano_s
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