はなさないで【KAC20245】夢の中

オカン🐷

夢の中

「はなさないで」


 えっ

 夫のカズは隣のベッドに寝ているルナを見やった。

 フットライトの僅かな光源に浮かび上がった妻の顔。


 なあんだ、寝言か。

 身体は小さいのに寝言は大きいんだ。

 何の夢をみているのだろう?

 

 離さないでって、スケートで手を引いてもらっているのか。

 それで相手は幼馴染のヨッシー?

 夢の中の相手に嫉妬してもなあ。


 ルナの飛び出た手を中にしまって、布団をかけ直した。




「ルナちゃん、それは昼ごはん?」

「あっ、お帰りなさい。これはおやつ」

「ずいぶんとヘビーなおやつだね」

「うん、つわりが収まって食べられるようになって嬉しくて」


 ダイニングテーブルに置かれた大皿に視線をやったカズは、わからないように小さなため息をついた。


 つわりの間もパンナコッタ、ババロア、プリンを食べていたことを知っている。

 最近のルナは妊婦というよりも……。


「クリームチーズとドライフルーツがパンに練り込んであるの。中根シェフの腕は料理だけでなくパン作りも最高」

「お口に合ってようございました」


 中根シェフがキッチンから顔を覗かせた。


「カズさんも食べてみて」

「いや、見てるだけでお腹いっぱい」


 すると、いつからそこにいたのか、テーブルの隅に座る母親の視線が痛い。


「ルナ、やっぱり一つちょうだい」

「ママ、ダイエットは終わり?」

「そんなに美味しそうに食べられたら我慢出来ない」


 ルナが家に来てから3キロも体重が増加したと嘆いていた。


「中根シェフ、明日は半熟卵の入ったカレーパンが食べたいな」

「おお、それいいな。僕の分も頼みます」

「ママも食べたいわ」


 ハハハッ


「じゃあ、明日はカレーパンにしましょう」


「わあ、嬉しい」


 ルナは手を叩かんばかりに喜んだ。


「あっ、遼平兄ちゃんに電話しようと思ったんだ」

「どうした。何かあった?」

「夕べね、珍しく子どもの頃の夢をみたの。自転車の練習をしてて、遼平兄ちゃんにうしろを持ってもらってたのに手を離されて、はなさないでって……」





           了





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