近代の渡世術 ⑤

常陸乃ひかる

必シモ戦フヘカラスト云フニ非ス

 明治二十八年(1895年)。

 日本はしんとの戦争に勝利し、犠牲者も多く出した。

 からくも手にした勝利の末、下関しものせき条約を結んだことにより朝鮮を独立させ、また遼東リャオトン半島、台湾、澎湖ほうこ諸島の割譲かつじょうを認めさせた。

 しかしロシアフランスドイツの三国干渉により遼東半島が返還――もとい、ていよく奪われ、国は『臥薪嘗胆がしんしょうたん』の合言葉を掲げた。


「二億テール……ってなに?」

 五月初頭。

 疲弊しきった国の片隅で、それとなくつぶやいた無職の神族――ロス・ウースは悟っていた。この世に『神』という存在は必要ないと。事実、誰が戦場に赴いて戦果を上げただろうか? 指揮を執っただろうか? 日本が近代化するにつれて、高まってゆく神族不要論。炙り出される無能な神族。それどころか二種族の対立は顕在化し、誰の眼にもあきらかになっていった。

 人権のない神族への種族差別――殊に、町での入店拒否が頻発し、一方では人間を見下すままに、暴行事件へと発展する事例も報告された。たがいのモラルは破綻し、非行は増える一方だった。

「――ロス様……神神かみがみは、いったいなにをお考えで?」

「おそらく有頂天セブンスヘブンは、人間より上に立とうと躍起になってる」

 終戦してからもロスは、僻地の住家すみか――アウト・キヤスト最寄もよりの農村に足を運び、そこで暮す人人ひとびとと交流を続けていた。こうして親睦を深め始めたのも、昨年の今頃だったか。小供こどもの健やかさ、年増の衰え――人間の栄枯盛衰えいこせいすいを見ていると、感慨深い溜息が出てしまう。

 そう云えば、種族間で軋轢あつれきが生じる少し前に、各天界へ或る条文じょうぶん発布はっぷされていた。ロスはいましめのようにたもとに入れていたその存在を思い出し、四つ折りの紙を取出した。



   神族しんぞくおこなイニかんスル留書とめがき


  其ノ一そのいち 神族しんぞくイヘトいえど深切しんせつこころざす

  其ノ二 無暗むやみ矢鱈やたらナ人ヘノ狼藉ろうぜきなか

  其ノ三 各個かっこキ事業ノ発展ニつく

  其ノ四 浮世うきよおけうつつ我身わがみわするカラ

  其ノ五 同胞どうほうニ不穏アレ悪ノ萌芽ほうが早急さっきゅうニ摘ム


 人ナクシテ世ノ発展ハ無シ 我等ノ世評せひょうヲ知リ 人ト手ヲ取合とりあイ共存ニいそしメ ひとじょうル時アレ拒絶スヘシすべし 国ヲ造ル者ハ人ノミニあら またかならずシモ戦フたたかうカラスト云フいうあら 干戈かんかまじえル事ニナレ一同たたかイ一日モ早ク我等ノ存在ヲコヽここニ示スヘシ



「ロス様、全体それは……?」

 と、覗きこんでくる農民。

「簡単に訳すと、『神は人間に親切にして、ちゃんと働け。同族が変なことをしたら止めよう。神は人間と手を取り合い国を造り、もし人間が調子に乗ったら、力を見せつけてやろう』みたいなことが書いてあるかな」

 どこのどいつが書いた戯言かは知らないが、背中がむず痒くなる文句と、現在の浮世とを見比べると、皮肉なほど――

「穏やかじゃねえですな。もう……戦争なんて、なんねえですよね?」

露西亜ロシアがウザいけどね。あるいは――」

 想像だけではひたすら実感がなく、代金の発生しない鰻の匂いで、ひたすら飯を食うくらい虚しかった。ロスが条文に眼を落していると、農民のざわつくのを感じた。顔を上げた先には、紺色のスーツを着た男が靴音を立てていた。高い背丈に、長い黒髪を撫で上げた容姿――

「その条文が、もはや神族の恥を証明する物になりそうだな」

「おや、ブラインドさん。何用ですか?」

 ここのところ顔を合せていなかった、アウト・キヤストの主神だった。

「息災のようだな。農民に――いや、御前おまえさんにも伝えたいことがあってな」

 と一言。彼は普段どおり、隙のない立居でロスが座る縁台に近寄ってきた。

「『良いニュースと、悪いニュース』ってやつですか?」

 ロスは条文を袂に戻しながら、茶化すように言葉を返す。ブラインドは、「いかにも」と苦笑して横に越掛けた。ロスは、こうして間近で横顔を見るのは久しく、感慨深く目を細めた。

「では、悪いニュースから。有頂天セブンスヘブンが政府に対して宣戦布告した」

 が、最初の一言はあまりにも重かった。ロスが許容できる情報量を優に超え、心から、また毛穴から――処理しきれない感情が溢れ出した。

「バ、バカなっ……有頂天セブンスヘブンはトチ狂ったんですか! 所属する神族なんて、たかが知れてます! てゆーか、それ完全に内戦じゃないですか……」

 ロスの語尾が震えた。

 農民がざわついた。

 ブラインドが眼をおとした。

元元もともと、関係は思わしくなかった。極めつけはつい先日、ある神族が人間の手によって殺害されたのだ」

「いよいよ、人間が加害者に?」

「左様。目撃情報によると、人間は郵便局員で、町をうろついていた神族と口論になり、喧嘩に発展。身の危険を感じ、やむなく短銃ピストルを発砲したそうだ」

 今まで、神族と人間が均衡を保っていたという見解が上辺だけなら、容易に納得できるキッカケである。募る鬱憤うっぷん張詰はりつめた緊張――表立たない感情が渦巻く中、ついに死者が出たとなれば歯止めが掛からなくなる。

「発砲した郵便局員はその場から逃走。未だに足取りが掴めていない」

「となると有頂天セブンスヘブンは、事業の撤退を余儀なくされた……? 実質、と中央政府との内戦ってことですか」

「そうも云ってられん。我我とて、見つかればどうなるかはわからん。幸いにも、人間が神族を見分ける術はないが、もし黒と銀の混じった短髪ボブを振回す、異人のような顔付が町を歩いていたら――」

「わたし、バレますやん!」

「畢竟、被り物でもしていれば問題なかろう」

「まあ、どうせ隠居状態だから良いけど……。で、良いニュースは? 内戦を上書きできるくらいの話なんですよね?」

「ああ、ふたりきりで話したい」

 そうして両眼を見据えての誘い文句が放たれる。他意および下心がなかったとしても、ロスの胸は高鳴り、思わず顔を背けてしまった。返事も待たずにブラインドは「行くぞ」と自らのテンポを崩さず、先に腰を上げると背を向けた。


 農民たちからやや離れた、人気のないケヤキの麓。むかい合ってすぐ、「私がアウト・キヤストに来た理由は語っていなかったな?」彼は過去への入口を見せつけてきた。「気まぐれですか?」と、ロスは食い気味に返答をする。

こたえとしては、半半はんはんうところだ。現在、私はまだ有頂天セブンスヘブンに所属している」

「それは、なんとなく予想してました」

 ブラインドは苦笑し、「勘が良いな」と合の手を入れた。そうして笑みが消えると、本題のレールに乗ったのだと気づかされる。

「いつかの事態に備え、あの僻地を隠れ蓑にするために私は送りこまれた」

「いつかの事態が今ってことですか? じゃあ、これから可能な限り同族をあそこへ招き入れると? だいぶ狭いですけど」

「数があれば、森の開拓くらいは可能だとは思うが」

「あそこの連中、誰も働かないですけどね。そうなると、元同僚ちえちゃんがウチに内見に来たのも、なにか理由があったわけか……」

「いや。大久保は純粋の心で、御前さんと友達になりたかったのだろう」

「だと良いんですが」

 ふたりを包みこむ薫風、頭上で梢と葉がシャラシャラと季節を感じさせる。争いなど微塵も感じさせない風景で、ブラインドが一息ついた。釣られてロスも同じ言動を取ると、「そうだな。『我々』の話をしよう」と空気が切り替わるのを感じた。

「わたしたちって? 神族について?」

 ――ロスの素朴な疑問のあと、あからさまに会話が止まった。

「問題はそこさ。御前さんは、『自分が神族だ』と誰に教えられて生きてきた」

「誰って……生まれた時から? 親とか周りの同族とか……雰囲気?」

「では、その祖先ルーツを聞いたことはあるか? 知っている者は居たか?」

 問われるほど、ロスは返答に窮していった。一口に『神族』と云っても、なにを以てそれを表すのかが曖昧だった。事実として容姿、寿命、身体能力は人間と一線を画しているが――

「いや、誰も教えては……」

「答は極めて単純なんだ。この世に『神』なんて存在しない。我々の祖先ルーツは畢竟、もっと別のモノで、もっと身近なモノだ」

「はっ? え、待って……じゃあ我々は『ナニ』なんですか? イザナキもイザナミも、しょせんは人間の創作です。古事記はそれとして――わたしたちは?」

 ロスは戸惑いを見せながらも、彼の口から語られる全否定を、肯定的に受入れようとした。もはや根本的な認識が違うとしても、この干戈かんか騒乱そうらんの世では、どんな言葉も疑いようがない事実になるのだと思ったから。

 遠目に農民たちの姿が見える。

 ロスが席を外してからも、平穏な井戸端会議をしている。

「――だよ」

 ほどなくブラインドが眼を細め、口角を上げた。誇らしげに、悲しげに。

「その答えだけは聞きたくなかったです」

 返答とは裏腹に、ロスは胸がすっとした気分だった。常から思っていたのは、人間が人間を操作する体の良い媒体――それが『神』であるだけだと。本来は無形の概念に、人間のナリを後付あとづけしたのだから、矛盾が発生するのは至当なのだ。

「異質な力を持った者を呼称するのに、『神』という言葉はあまりにも都合が善かった。人間なら誰しも認知し、そして身近に感じられる存在だからな」

「清々しい気分です。わたしは端から否定してましたし。これからは、『なんちゃって神族』か『人間もどき』と名乗ります」

 が、どういう理由であれ、内戦が勃発したことによって『神』と呼ばれたたちは淘汰される運命――否、人為的に消される流れになっている。

「その事実って、ほかの同族たちは知ってるんですか?」

「ほんの一部だけな。私もそれとなく長生きしてきたが、話さないようにはしていた。畢竟、私たちは人間に――浮世に操作されていただけだったのだ」

 不意に、ほんのりとうかんでくるロスの記憶。自らを神族と名乗り、人間よりもほんの少しだけ特別だと思っていた言動がフラッシュバックされるのだ。

「いやあぁぁ! なんか思い出すと恥ずかしい! 黒歴史ですやん!」

「『ですやん』って……。あとなんだ、黒歴史とは」

「あぁっ……も、もう良いですうぅ……。で、どうしてわたしに話したんです?」

「御前さん、容姿がだからさ。要らぬ世話だったか?」

「できれば、知らずに人生を全うしたかったです。わたしだけに押しつけてるあたり、ほかの同族には『話さないで』ってことですか?」

 ロスの悟りに対し、ブラインドは無言で頷いた。信頼されているのか、厄介事を共有させられているのか、いつでも彼は無茶な言動ばかりをロスに振りかざしてくる。

 ここ数年、心のもやが晴れなかっただけに、ロスは畢竟――どうでも善くなって、それでもまだゴニョゴニョ云わせていた。

「ヤケ酒します……」

付合つきあうぞ」


 ――明治二十八年(1895年)、冬。

 宣戦布告から半月以上が経過し、数名の同族がアウト・キヤストへ移住してきたが、百には至らなかった。この地域に、どれだけの『なんちゃって神族』が居るかは不明だが、ほとんどは捕まったり、あるいは殺されたりしている。

 ブラインドから真実を聞かされて以来、ロスは胸がすっとしていた。自分が『神』ではないと知り、それこそが自信につながったのだ。内戦に巻きこまれている以上、その自信がなんの役に立つかと云う話だが。

 本日は凍える気候で、ロスがまとう黒地の二尺袖にしゃくそでには、天候を予測するような雪が散りばめられている。薄桃色の袴には白い山桜が咲き、その上で両手をこすり合せてていた時分。誰かの叫び声が、外壁を隔てて室内に入ってきた。

 同族たちが、追詰おいつめられたタヌキのような顔を並べていると、ブラインド邸の戸が叩かれ、むこうから「大変でさあ!」と、男の叫びが聞こえた。

 複数の吐息に押されるように、ブラインドがすぐに対応に移った。木製の隔たりを繰ると、たちまち農民が土間に倒れこんできた。相当森で迷ったのだろう、手足は傷だらけで、肩を上下に揺らし、寒さで唇も紫がかっていた。

御前おまえは農村の……。どうしたんだ、こんなところまで――」

「ぐ、軍がオラたちの村に押寄おしよせて……秘境の神を出せと大仰に脅してくるんです! こ、このままじゃあここも危険です、きゃつらに見つかる前に早く逃げてくだせえ!」

 農民の大きな喚起に、ブラインド邸の同族たちは一様に顔を見合せた。発現しては消失する白い息が、ひたすら主張する。浮世では数多くの同族が捉えられているのだし、アウト・キヤストの大まかな位置が漏れてもおかしくはない。

「軍がわざわざ? もう有頂天セブンスは陥落寸前のはず。こんな辺境で残党狩りみたいなことするかな」

 こないだまでしんとやり合っていたのに、たかが弱小天界を降伏させるためだけに軍を使う理由がわかりかねた。

「しかし軍は、『ロスと云う主神を出せ』としか――」

「ちょ……! いやいや、わたし代表じゃないって」

 農民が嘘を云っている風ではなかった。合点がいかない部分が多くある中、自分が神族であると信じてやまない者たちは、

「もう終りだ」「ここで骨を埋めるのね」「楽に死ねるか……?」「今すぐにでも逃げないと」「神なのに、戦う力なんてない」

 精神的な圧迫に押しつぶされないよう、自我を保つのもやっとと云う様だった。それらを統括するブラインドは、その何倍も重荷を背負っているはずだ。彼を支えてやりたいが、かける言葉が浮んでこない。一緒に町を歩いた思い出も霞むほど、彼との距離が遠い気がした。


 ――ロスはまず、「治療するよ」と傷だらけの農民に近寄ったのだが、「めてくだせえ、オラは大丈夫ですから」と、逆に気を遣われ、変に崇高される立場に奥歯を噛んだ。

「そうは見えないけど。じゃあ農村は今どんな状況?」

「今は睨み合ってます。オラたちは貴女あなたたちの味方――アウト・キヤストを攻めるならば、先ずは農村を落してみろと息巻いてるんでさあ」

「な、なに言ってんの……! そんなの危険すぎる!」

 軍がそこまで迫っているとなれば、農村の被害状況が気になる。こんな低俗な争いに無関係の人間まで巻きこんで、当事者たちが引きこもる状況とは果たして――

「ブラインドさん、今から農村に――」

 乾坤一擲けんこんいってき。ずっと捨て鉢に生きてきた、人ならざる者のさがである。尻尾を巻くか、息を巻くか――もう、選択はまっていた。

「駄目だ。行ってどうする? 自ら首を捧げに行くのか?」

 が、しばらく腕をこまぬいていた代表から放たれた戒めに、ロスは最後まで発言することすら許されなかった。

「違うっ! ここの同族にも、農民にも手出しはさせません!」

 唇の奥で歯を食いしばり、ロスは我知らず顔を赤らめて反論した。云わば短絡的に導き出した底意地だったのだ。

「では御前さんひとりでなにをする? 元相談員が説得できる相手ではないぞ」

 彼の言分いいぶんは尤もで、その余裕のなさも伝わってきた。

「わたしは、ここも農村も守りたい。こんな平和的な解決に応じないなら、人間は大馬鹿野郎ですよ!」

いか? この争いは私たちとは無関係だ。見知らぬ人間と、見知らぬ同族が勝手に始めた内戦に過ぎん。御前さんなら、わかるだろう?」

 ブラインドは諭すように念を押してきたが、それが余計に心に引っかかった。

「はあ? む、無関係って……今こうして農民が危険を冒してるのに? 彼らが身を呈しているのに、無関係だって言うんですか!」

「落着け。熱くなるな――」

「みんなして、グダグダと御託ごたく並べて……。だったらわたしは、逃げ回っている同族なんかより、身をていしてくれている農民を助けますよ! こればかりはげて承知してほしいんです!

 良いですか、『必シモ戦フヘカラストイフニ非スかならずしもたたかうべからずというにあらず』です。恥をそそぐくらいでないと、わたしは生きている意味も価値もないんですよ! もう、【Lossロス】とか【Wussウース】とか呼ばれるのは御免なんですよ!」

 辛抱ならず、かっと照る太陽のように半眼を大きく見開いたロスは、誰もが後進するであろう歩を、あえて前に出そうとした。慣れない罵声と大声に吐き気を催しながらも、怒りの垣間見えた顔付には誰もがぎょっとしていた。

 どいつもこいつも、守りたいのは自分の身ばかり――しかし、どこまでもであり、なにひとつ間違っていないのだ。自分の身を守れない奴が、他人なんて守れるわけがない。

 ロスが慚愧ざんきの念を心に残したまま、水を打ったようにしんとするブラインド邸。ロスは背を見せるのが癪で、同族を見ながら後ずさりし、後ろ手で戸の把手とってに指をかけた。と、その行動を遮ってきたのは、空気の流れのごとく立上たちあがったブラインドだった。

「――御前さん、得物えもの一振ひとふりくらい持っていないのか?」

 先ほどとは打って変って肯定的な発問で、場の雰囲気が――善し悪しを問わず、確実に変化していた。

「刀の時代はうに過ぎてますよ?」

「だが、そんな細腕で大の男を倒せるわけもなかろう?」

「人間ごとき素手で充分です」

「はあ……」とブラインド。彼は床の間の作品オブジェとして存在感を消していた、三尺の秋水しゅうすいを手に取ると、ロスに差出してきた。

 躊躇しながらそれを受取うけとろうとすると、不意に――彼は手を伸ばして、ロスの手を強く握ってきた。白い手を簡単に包みこむほどの大きな手は、生き物とは思えないくらい冷たく、ずっと握り続けていたいほど愛おしかった。

 ロスは、心の底から湧き上がってくる――『離さないで』の呪文をぐっと堪えた。あゝ、実に愚だ。死地に赴く者が抱く感情ではない。

 ロスは強めに手を引くと、ブラインド邸の隅に置かれていた襷をたすき取って、着物を襷掛けにし、今度はブラインドの手に触れないように一振を受取った。

 真心か、餞別か。ちらついた悲しさを相乗させる一言は、「死ぬなよ」だった。

「では……わたしが戻るまでに、農民の治療をお願いしますよ」

 相も変らない憎まれ口は、ロスなりの餞別である。けんもほろろに、この場に残る同族に意見を求めたが、目を泳がせたまま誰も口を開かなかった。

「それからブラインドさん。例の秘密は誰にも話しませんので、ご安心を。だから貴方は、みんなの気持ちだけは決して……離さないで」

「……承知した」

 彼の返答はまるで死人のように生気がなかった。その疲弊は、ロスにまで弱体化デバフを与えるかのようだった。

 それでも、ロスのブーツの爪先は前向きに――農村へ向いていた。

 この下らない争いを、終戦へ向かわせるために。

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