青を捨てるな
羽間慧
青を捨てるな
修学旅行の引率は、常に立ちっぱなしである。たとえば宿泊ホテルの食事会場前にて、来た生徒の名前をチェックする。あるいは生徒の移動ルートに先回りして教員数名を配置し、迷わせないようにするのだ。
体の負荷は足だけではない。
三月中旬の沖縄は、風が冷たいとはいえ日差しが強い。二時間おきに日焼け止めを塗り直し、日傘を差していても、初日の夜から肌がぴりぴりした。家族旅行で行ったことはあったが、ハワイ並みにスキンケアが欠かせなくなっているとは思わなかった。
ひめゆりの塔や平和記念公園、水族館など、定番コースを二日間かけて巡った。三日目の午前中は、海でアクティビティを楽しむ生徒達を見守る。シャワーで砂と海水を落とした生徒達とともに、午後はアメリカらしい雰囲気漂う商業施設へ赴いた。輸入品だけでなく、紅型や琉球ガラスなどの沖縄土産も豊富に揃い、人知れず楽しみにしていた。行きたい店もリサーチ済みだった。
テーマパークのような原色に溢れた建物を歩き回り、事前に調べた店名と位置を手がかりに一軒一軒入っていく。時折、すれ違う生徒達に手を振りながら。
とある店のショーウィンドウに飾られていたアクセサリーを買おうか悩んだものの、似たようなデザインがあるかもしれないと思った。後で運命を感じる服を見つけたとき、高くて断念する可能性もゼロではない。一旦保留にして、リストの店探しを続行した。
二十分と経たないうちに、私は焦りを覚えた。
方向音痴が作動している! 自分が行きたい店が全然見つからない! 同じところをグルグル回っているとしか思えない!
似たような雑貨やアロハシャツに惑わされ、目的地になかなか着くことはできなかった。困り果てた私は、保留にしたアクセサリーだけでも買おうと再び来店を決めた。
だが、その店でさえも、何十分もかけて辿り着いた。店員にショーウィンドウの商品を買いたいと言おうとしたとき、私の目に映ったものは空のディスプレイだった。
祈るように在庫を確認すれば、まだあるかもしれないとのこと。しばらく経って見せてもらうと、記憶にあった色と若干暗い印象を受けた。照明の違いではなく、グラデーションの濃さが違ったのだ。と言っても、最後に見た色の美しさを文字で表すことは難しい。
旅先で見かけたものは、離さないでいるべきだった。デザインが同じでも、個体差があるものは再現ができない。
誰が言ったのは定かではない格言を想起させられ、とぼとぼと迷宮の街を出た。
集合時間まで残り一時間。トイレを探す旅にも終止符を打ちたい。
全国展開しているショッピングモールに入り、沖縄らしさを探索した。衣料品売り場で観光客向けではなさそうなデザインのかりゆしを見つけたり、書店で地域ならではの雑誌や冠婚葬祭の本を物色したりした。
一番ほしいものは手に入らなかったが、こうして一人気楽に回るのも悪くはなかった。
ほしいときが買いどきと言う人もいるけれど、思い切ってチャンスを手放してみるのも、なんくるないさ~。
青を捨てるな 羽間慧 @hazamakei
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