未来

 あれからもう一年。真奈美から特に連絡はない。きっと幸せに暮らしているんだろう。


 がばっ もにゅん


「きんぱっちゃ〜ん、おはよぉ〜」


 真奈美、頑張り屋だからな。身体壊したりしてなきゃいいけど。


 もにゅにゅん


「きんぱっちゃんてばぁ〜」


 オレも新しい恋を見つけなきゃな。


 ガッ


「ぬおっ!」


 尚美姉さんにアイアンクローを決められるオレ。


「てめぇ、ひとが大サービスでアタックしてんのに……」


 メキメキメキメキ


 頭蓋骨が軋む。


「いてててててて! ギブギブギブ!」


 手を離す尚美姉さん。


「あぁ〜あ、あの時は朝まで慰めてあげたのになぁ〜」

「あぁー……尚美姉さん、朝までオレの頭を撫でててくれましたもんね……」

「あとねぇ、くちびるも奪ったよ」


 驚くオレ。


「……はっ? そんなことした覚えは……」

「そりゃそうでしょ。寝てる時にしたんだもん」


 一年経って今頃明かされた衝撃事実。


「な、なにしてくれてるんですか!」

「アソコも見ちゃった。かなりご立派で、むふっ♪」

「おぉーい!」


 スッと顔をオレの顔の間近まで近づける姉さん。


「……もう一回、してみる……?」


 尚美姉さんの甘い吐息が脳みそをバグらせる。

 が! 顔を離すオレ。


「からかわないでください! もう!」


 尚美姉さんは、そんなオレを見てケタケタ笑いながら待機部屋へ向かって行った。

 まさしく魔性の女だな、尚美姉さんは……


「おい、金髪。通りの掃除、早めによろしくな」

「はーい、了解です!」


 店長の指示でほうきを持ってビルの前の通りへ。

 今日もいい天気だなぁ。

 さぁて、お掃除、お掃除。




「兄ちゃん」




 えっ?

 振り向くと真奈美が笑顔で立っていた。

 大喜びしたいんだけど、なぜか心は落ち着いている。


「おかえり」

「ただいま」

「髪、伸びたんだな」

「うん、どうかな?」

「すごく可愛いよ」

「やった!」


 飛び跳ねて喜ぶ真奈美。

 もっと真奈美と言葉を交わしたい。

 もっと真奈美の笑顔を見たい。

 だから――


 ――オレは真奈美を抱きしめていた。

 真奈美もオレの背中に手を回す。


「離さないで」

「離さないよ」

「兄ちゃん、大好き」

「真奈美、オレも大好きだ」

「……約束、忘れてないよね?」


 オレは顔が真っ赤になった。

 そんなオレを見て嬉しそうに笑う真奈美。

 もう離さない。オレが真奈美を幸せにするんだ。

 そんな思いを込めて、オレは真奈美を強く強く抱きしめた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「さすが店長。夜行バスの切符を真奈美ちゃんに送っていたとはね」

「福利厚生の一環だな」

「帰りの切符は二枚なんでしょ?」

「…………」

「新しい黒服を雇わなきゃね」


 店長は胸ポケットから夜行バスの切符を取り出した。

 きんぱっちゃんと真奈美ちゃんの分だ。


「二枚じゃねぇぞ」

「えっ?」


 もう一枚ある。三枚だ。


「尚美、オマエも行くんだ」

「わ、私?」

「工場にひとり欠員が出たらしい」

「い、いや、私が行ったら……」

「オマエも自分の幸せを追い求めろ」

「……私みたいなオバサンじゃ……」


 視線はきんぱっちゃんに向いていた。

 分かってる。一回りも年が違うんだもの。

 真奈美ちゃんもいるし。

 恋なんて、もう諦めた。そんな年じゃない。


「いいじゃねぇか、三人で暮らせよ」

「えーっ」

「愛の形はひとそれぞれだぜ?」

「……お邪魔にならないかしら」

「なるわけねぇだろ」


 私の手に切符を握らせる店長。


「ほら、オマエも行ってこい」


 ぽんっと背中を押される私。

 三枚の切符を握って、ふたりへ近づいていく。


 私は祈っていた。

 「ふたりの未来に、私も混ぜてもらえますように」と。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 尚美がふたりに何か話をしている。

 金髪と真奈美ちゃんは、大喜びで尚美に抱きついた。


 良かったな、尚美。

 幸せにな。



 さて、俺はもうひと仕事だな。

 店の奥の事務所に向かった。


「お待たせしました」


 事務所のソファに座っていたひとりの女の子。

 俺に気付いて、慌てて立ち上がった。


「す、すみません、あ、あの、私でも、で、できますでしょうか」


 緊張しているのか、顔も真っ赤だ。


「お話伺います。詳しく説明しますので、どうぞお座りください」



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【KAC20245】約束 下東 良雄 @Helianthus

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