別離

 オレの裁判終結から一ヶ月、ようやく真奈美と会う機会ができた。店へ遊びに来るらしく、オレと尚美姉さんはプレイルームをちょっと飾り付けして、ウキウキで真奈美を待った。


「おい、真奈美ちゃん来たぞ」


 店長の声に、プレイルームの中から入口にクラッカーを向ける。

 尚美姉さんもサムズアップして、準備万端の様子!


『わぁーっ! びっくりしたぁー!』


 そんな真奈美の驚いた顔が脳裏に浮かぶ。

 カーテンに薄く影が見えた。


 シャッ


 パンッ パンッ


 カーテンが開くと同時にクラッカーを鳴らした。


「真奈美、お帰り!」

「真奈美ちゃん、おかえりなさ〜い!」


 驚いた顔をした真奈美。

 でも、そのまま普通の表情に戻ってしまう。

 オレとは何となく視線を合わせてくれない。

 どこか寂しげで、どうしたのだろうと尚美姉さんと顔を見合わせた。


「金髪、尚美、大事な話がある」


 店長もやって来た。

 大事な話ってなんだろう……


「真奈美ちゃん、東北へ行くことになった」


 店長の言っている意味が分からない。

 東北? 何言ってんの?

 尚美姉さんも呆然としている。

 真奈美は視線を落としたままだ。


「横山組の組長オヤジの知り合いが、東北で水産加工会社を経営しててな、工場の働き手で障がい者雇用にも積極的なんだよ」

「えーと……また変な会社じゃ……」


 そんな言葉しか出てこなかった。


「この間、真奈美ちゃん連れて現地に行ってきた。単純作業で大変そうだけど、一緒に働くおばちゃんたちも明るくていいひとばかりだったし、真奈美ちゃんも働きたいって」

「真奈美が……」


 そっか……真奈美は新しい道を見つけたんだな。


「そうだったんですね! 真奈美、新しい就職先が見つかって良かったな!」

「う、うん……」

「そっかー、何だか寂しくなっちまうな」


 何となく尚美姉さんに視線を向けると、無言で号泣していた。

 まぁ、姉さんだって寂しいよな。

 オレだって……


「いつから向こうに行くんですか?」

「明日だ。明日の夜行バスで行く」


 店長の言葉に驚くオレと尚美姉さん。


「ず、随分いきなりですね……」

「真奈美ちゃんの意向だ」


 戸神の街には良い思い出がないんだろうな。

 だから、なおさら早く出ていきたいのかもな……


「じゃあ、明日の夜にお見送りですね」

「そうだな」

「ま〜な〜み〜ぢゃ〜ん」


 号泣する姉さんを前にしても、真奈美は無言のまま、ただ下を向いているだけだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――翌日深夜 戸神本町駅 北口バスターミナル


 私たち四人はバス乗り場にいた。

 すでに夜行バスは到着している。

 時間が来れば出発だ。


「きんぱっちゃん、真奈美ちゃんがバスで飲めるように、店長と飲み物買ってくるね」


 店長さんと尚美お姉さんは、駅前のコンビニへと向かっていき、私と兄ちゃんがバス乗り場に残された。


「真奈美、よく決断したな」

「えっ……」

「東北に行くなんてさ、スゴいなって」


 スゴくなんかない。私は逃げるだけ。

 好きでもない男たちと、たくさんホントのエッチをしてしまった。

 イヤだった。痛かった。毎日我慢した。女の子たちを守るためだった。

 でも、してしまった事実は変えられない。

 私は兄ちゃんとの約束を破ってしまった。

 本当は……本当は兄ちゃんとホントのエッチをしたいのに……


「がんばってくるね」


 そんな言葉もウソ。


(兄ちゃんと一緒にいたい!)


 それが本音。


「がんばりすぎて、身体壊さないようにな」

「うん」


(兄ちゃんが好き! 大好き!)


「東北は遠いからな、中々会えなくなっちゃうな」

「そうだね」


(お願い! 離さないで!)


「向こうは寒いから風邪引くなよ」

「気をつける」


(私を離さないで!)


 口から本音がこぼれそうになる。

 笑顔の兄ちゃんを見ていると胸が苦しい。


「兄ちゃん」

「ん?」

「いつか……いつか私とホントのエッチ、してくれる?」


 困ったような笑顔を浮かべる兄ちゃん。


「そうだな、いつかエッチしような」

「いつ?」

「え?」

「いつしてくれる?」


 兄ちゃんは優しく笑った。


「そうだなぁ……一年後……一年経っても、真奈美がそう思ってくれていたらしような」

「わかった。一年後だね」

「あぁ」


《まもなく盛岡経由、宮古行き夜行バスが発車いたします。ご利用の方はご乗車になってお待ちください》


 お別れの時間だ。

 店長さんと尚美お姉さんも帰ってきた。


「真奈美ちゃん、気をつけてな」

「店長さん、色々ありがとうございました」

「元気でね、私のこと忘れないでね」

「私、尚美お姉さんみたいなキレイな女の子を目指します」


「じゃあな、真奈美」

「兄ちゃん、さようなら」


 バスに乗り込み、座席に座った。

 窓から三人が見える。

 兄ちゃんたちが私に手を振っている。


 兄ちゃん。


《宮古行きバス、発車いたします》


 兄ちゃん。


 プシュー


 バスのドアが閉まった。


 兄ちゃん! やっぱりヤダ! お別れしたくない!


「兄ちゃん!」


 バスがゆっくりと動き始める。


『頑張れ、真奈美!』


 兄ちゃんの声がかすかに聞こえた。


「ヤダ! 兄ちゃん! 兄ちゃん!」


 涙で兄ちゃんの姿が霞む。


『真奈美、ずっと応援してるからな!』


「兄ちゃん! お別れしたくない!」


 バスは無情に大通りへ出ていく。


『…………! ……! …………!』


 兄ちゃんの姿が遠ざかっていく。

 もう兄ちゃんの声が聞こえない。

 きっと私の声も届かない。

 でも、私は最後にバスの中で叫んだ。


「兄ちゃん! 私、頑張るから! 頑張るからね!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 オレは遠ざかるバスをずっと見ていた。

 ただ、ずっと見ていた。


 もう真奈美と会えないんだと思うと、胸が苦しくなる。

 真奈美が好きだった自分に改めて気付いた。

 でも、好きなんだから応援しなきゃな。

 がんばれ、真奈美!


 ふわっと優しい香りがオレを包む。

 そのまま尚美姉さんは、オレの頭を優しく自分の胸に埋めさせた。


「きんぱっちゃん……いい男になったね……」

「…………」

「店に来た頃は、単なる嫌なナンパ野郎だったけど……」

「…………」

「ちゃんと笑顔で真奈美ちゃんを見送ってやれたね……」

「うぅ……」

「いいよ、泣きな……それでもっといい男になりな……」

「うあぁぁぁ! うあああぁぁぁ!」

「店長、ルール破って悪いけど、きんぱっちゃん借りてくよ」

「……黙認するよ」

「ありがとね。よし、きんぱっちゃん、おいで」


 オレは尚美姉さんの部屋で、朝まで慰めてもらっていた。



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