軟派な第二王子の勘違い

国城 花

軟派な第二王子の勘違い


ミルクティー色の緩やかな髪。

砂糖のような甘い笑み。


『婚約者はまだいらっしゃらないのですって』

『王太子妃は大変だけれど、王子妃なら…』

『隣国の3人の王子で婚約者がいらっしゃらないのは、第二王子だけみたいよ』

『あんなに格好良いのに…隣国の令嬢はお目が高すぎるのかしら』


ヒソヒソヒソ

とある王国の夜会では、令嬢たちの注目は1人の王子に集められていた。

隣国の第二王子であり、すらりとした長身に柔らかい笑み。

非の打ち所がない王子であるのに、婚約者はまだいないという。

令嬢たちにとっては結婚相手として最高の獲物である。


「相変わらず注目されていますね。殿下」


侯爵家の令息はそう言って、周りの令嬢たちの視線を集めている第二王子を見る。

今回は第二王子の付き人として隣国の視察に来ているが、令嬢たちには第二王子しか見えていない。


「視察で来ているんだから、注目は集めた方がいいだろう」

「そうですね」


今回は、王国から隣国に視察に来ている。

冒険者が活躍するこの国では、職業ギルドが存在する。

新たなギルドが誕生したとのことで、その視察に来たのである。

しかし第二王子が隣国に来れば、連日夜会まみれである。


「学園はその後どうだ?」


人混みから逃れつつ、第二王子は小声でさりげなく侯爵令息に尋ねる。


「妹が仕事をこなしてからは、平穏のようです」

「相変わらず優秀だな」

「…だといいんですが」

「何か問題があるのか?」

「好きなことに熱中しすぎて、仕事の存在を忘れている時があるようです」

「それは問題だな」

「それでも、ギリギリでちゃんと終わらせるところは凄いのですが」


先日の仕事も、依頼期限終了の3分前に思い出したらしい。

ギリギリすぎる。


「まぁ、ネズミが排除できればそれでいいさ」

「ネズミの巣が見つかるとよいのですが」


今回隣国に来た本当の目的は、その調査をするためである。

最近王国では不審人物の目撃情報が相次いでおり、その中には実際に貴族に危害を加える人間が現れている。

国王の命でその調査をしている第二王子は、危険人物ネズミたちの親玉がこの国にいることを突き止めたのだ。


「うちの可愛い姫も外出ができなくてストレスが溜まっているようだし、早めに片付けたいね」

「殿下が命じてくだされば、私たちが仕事をしますよ」


言外に王子自らわざわざ動かなくてもと苦言を呈すと、第二王子はふふっと笑う。


「まぁ気にするな。汚れ仕事は得意だ」


将来国王となる兄は、まだ清廉潔白であらねばならない。

将来王弟となる自分は、いくら汚れてもかまわない。


「殿下が良いならいいんですけどね」


汚れ仕事を嫌う王族も多いというのに、第二王子は率先してそれをやる。

王国の汚れ仕事を請け負う家に生まれた身としては、この王子と一緒にいるのは心地が良い。


「そろそろダンスの時間みたいですね」

「その間に調査ができれば…」

「あの…」


控えめな女性の声に、第二王子は振り返ると同時に甘い笑みを浮かべる。


「どうしましたか?」

「あの…よろしければ…」


視線を外しながら近付いてくる女性に、第二王子は心の内で警戒心を強める。

この国に来た目的が目的だけに、女性といえども警戒は強めなければいけない。


『何が目的だ…?』

「…殿下。恐らく、ダンスのお誘いです」


警戒心を強める第二王子に、侯爵令息は耳元でささやく。

女性から男性にダンスの誘いをすることは令嬢としてはしたないとされているので、誘い待ちだろう。


「あと、目の前の女性は王女殿下です」

「ん?あぁ」


言われて初めて気付いた、というように第二王子は小さく反応する。

王女がそれに気づく前に、柔らかい笑みを浮かべて王女の手をとる。


「貴女にダンスを申し込む光栄を、私にいただけますでしょうか」

「はい。ぜひ」


『大丈夫だろうか…』


王女の手をとりダンスホールに向かう第二王子の背中を、侯爵令息は少し不安を抱えながら見送った。



ダンスが始まり、音楽に身を乗せてステップを踏む。

会場にいる令嬢や令息たちが、第二王子と王女のダンスを恨めしそうに眺める。


「この国には視察にいらっしゃったと伺いましたが、いかがですか?」

「活気がある国ですね。冒険者たちが生き生きとしているのを感じます」

「そうですね。活気があるのは良いことなのですが…」


王女は一瞬、表情を曇らせる。

しかしすぐに、王女らしい表情に戻る。


「色々な方がいらっしゃるのも、事実です」


何か言いたそうにしながらも、口にしづらいのかそのままダンスが続いていく。

音楽がいったん終わると、王女は覚悟を決めたように第二王子の袖を掴む。


「はなさないでいただきたいのです」

「分かりました」


第二王子はそう言うと、王女を抱きしめる。


「…え?」


王女は第二王子の腕の中で、顔を赤くして固まる。

会場にいる貴族たちが、驚きと歓声を上げる。


『プロポーズ?』

『王女と第二王子が…』

『婚約?』


といった声が、あちこちから聞こえる。


「あ、あの…」

「どうされましたか?」

「どうって、これは…」

「はなさないでと言われましたので」

「いえ、違います。私ははなさないでと言っただけで…」

「えぇ、ですからはなしていませんが」

「ですから…!」


顔を赤くした王女と、いつまで経っても王女を抱きしめたままの王子。

会場が盛り上がっていく中で、侯爵令息だけが頭を抱えていた。


『あぁ、やっぱり…何か起こると思った…』


ミルクティー色の髪色に、甘い笑み。

女性からの人気が高い第二王子が自国で婚約者がいないのには理由がある。


『あの人、恋愛に関しては鈍感だからなぁ…』


2人の様子を読唇術で見ていた侯爵令息は、2人のすれ違いを2人以上に理解していた。

何か秘密を告げようとした王女に対し、第二王子は意味を取り違えたのだろう。


『だからって、人前で淑女を抱きしめるのはどうかと思うな…』


王女の父親である国王が顔を赤くしてダンスホールに降りてきたところで、侯爵令息はいつものように第二王子の弁解をするために2人のもとへ向かったのだった。



数日後、王女と第二王子の婚約が発表された。


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