【KAC/甘くないお仕事SS5】キアのドタバタ逃亡劇

滝野れお

キアのドタバタ逃亡劇


「あたし……この前、断りましたよね?」


 ルース王国の使用人食堂。その食器返却口の前で、キアはラウルに捕まってしまった。

 ラウルは合コンでキアにビックリ箱を贈った男だ。数合わせで参加したくせに、キアをデートに誘ったりするよくわからない人物でもある。


「あ……この前は急過ぎたよな。だからさ、今度六人で遊びに行かないか?」


 頭を掻きながら誘ってくるラウルに一瞬ほだされそうになったが、キアは心を鬼にした。


「ごめんなさい。やっぱりお断りします。仕事で王都を離れることになったから、どっちみち次の休日はここに居ないの。他の人を誘ってね」


「え、王都を離れるってどういうこと? キアは黒狼隊の侍女だよね? いったい何の仕事でどこまで行くの?」


「それは……」


 キアは口ごもった。

 黒狼隊が王家を守る諜報部隊だという事は機密事項だ。当然、キアの出張内容もラウルには話せない。


「えっと、隊長の遠縁のお嬢様が旅行する間、臨時の侍女を頼まれたの。じゃ、あたし仕事があるから!」


 キアは必死に嘘の仕事をでっち上げ、ラウルの前から脱兎のごとく逃げ出した。


 伯爵家の騎士長だった父にしごかれたお陰で、キアの運動神経は抜群だ。特に足の速さでは誰にも引けを取らない自信がある。

 食堂を出て、使用人たちがくつろぐ中庭を突っ切ったところで振り返ると、なんと追いかけて来るラウルの姿が見えた。


(ひぇ~、何あの人!)


 黒いお仕着せの裾をたくし上げ、キアは階段を駆け上がった。

 中庭を囲む使用人棟の四角い建物。この階段を登れば、そこから王宮庭園側へ降りる階段がある。


 後ろを振り返る余裕もなく走り続けるキアの足に、何かがぶつかった。

 その何かが足に絡まり、ぐらりと上体が傾いた。

 目の前は下り階段だ。


(転げ落ちる!)


 目を瞑った瞬間、ふわりと体が浮いた。


「何を慌てている?」


 聞こえて来たのは聞き慣れた声だ。

 目を開けると、すぐ目の前にイザックの顔があった。

 どこから現れたのかは知らないが、階段の途中でキアの身体を受け止めてくれたらしい。


「ひえっ、リベリュル隊長!」


 キアはジタバタと暴れた。

 こんな間近で彼のご尊顔を拝するのは、ベルミ辺境伯家の白薔薇の庭以来だ。

 心臓は早鐘を打ち、顔には急速に熱が集まってのぼせそうだ。


「は、離してください」

「離して、いいのか?」


 宙に浮いたキア。

 今、手を離されたら真っ逆さまだ。


「や、やっぱり離さないでぇ!」


 叫びながら、キアはイザックの首に抱きついた。





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【KAC/甘くないお仕事SS5】キアのドタバタ逃亡劇 滝野れお @reo-takino

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