海の底にこそ神はありしか

秋犬

海の底にこそ神はありしか

 エリザベスとロイドは船上で人目もはばからず激しいキスを交わしていた。しかし、誰も彼らを咎めなかった。なぜなら、キスをしているのは彼らだけではなかったからだ。


「いや、私もここに残る」

「わがままを言うな」

「お願い、私をはなさないで」

「離したくない、愛してるよ」


 2人は沈みゆく船の上で最後の愛を交わした。


「さあ、お嬢さんはこっちだ!」


 エリザベスの腰を引く少年の姿があった。ロイドはエリザベスから手を離す。


「いいか、君は生き残るんだ!」

「ああ、さようなら、さようなら!」


 エリザベスは少年に手を引かれ、ロイドから手を離した。そして彼らが再会することは二度となかった。


 ***


「はい、お疲れさん」

「寒い! ︎︎寒すぎる!」


 鼻水を垂らしながら戻ってきたロードのために、シノスは時空艇内の温度を上げる。


 エリザベスを救命ボートに乗せず、ロードは彼女を船から突き落とした。その代わりロイドはなんとか命を繋ぎ、その後船の異様な加速について証言をすることになる。


「それにしてもやることが多すぎるんだ、この案件は」

「全くだ。いっぺんに何人も死ぬもんだから、死ぬ人と生きる人の整理が難しいんだよ」


 救命ボートにしがみついた人を引き剥がしてきたばかりのロードは大きなくしゃみをする。


「それにしても船長が一番大変だった。乗客なんか知らないと逃げ出そうとしていたから、一発かましたら気絶したところに人が来てさ。咄嗟に変声機使って『わしはこの船と運命を共にする』って叫んでおいた」

「傑作だ、それで船長は?」

「柱にくくりつけておいたから、今頃海の底さ」


 ロードは自分の手を見る。


「しかし、これで立派な人殺しだ」

「何言ってんだ。俺たちの仕事は常に人殺しだろう?」

「そうだけどさ、俺たちは天国にいけるんだろうか?」


 船のごとく沈んだロードにシノスは言い渡す。


「天国も地獄もあるもんか。強いて言うなら、ここが地獄だ」


 沈まない時空艇は、次の時代へ旅立った。

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