第16話 受け継がれる意思


 ある日のこと、朝目覚めて、リルムがいないことに気づいた。

 僕はリルムを必死に探した。

 だけど、屋敷のどこにもリルムがいない。


「リルム……!」


 お姉ちゃんや使用人に協力してもらってみんなで探すけど、リルムは見つからなかった。

 僕にはなにか悪い予感がしていた。

 もしかして……。

 もしかして、あの占い師のゴードンがなにか知っているのではないか。

 僕はゴードンを問い詰めた。

 しかし、もちろんゴードンの口からはなにも情報は得られなかった。


「おやおや、私をお疑いですか? なんの証拠もないのに。いけませんねぇ。それは失礼というものですよ?」

「す、すみません…………」


 それでも僕はあきらめずにリルムを探した。

 一晩中探して、結局、リルムを発見したのはとある使用人だった。

 リルムは庭で倒れているのを発見された。

 発見されたリルムは、ひどく衰弱しきっていた。

 いったいどこにいってたんだ……。

 こんなにひどく汚れて……。

 かわいそうだ。

 僕はリルムをベッドに寝かせた。


「きゅぃぃ……」

「リルム……!」


 リルムはまるで最初に出会ったときのように、衰弱してしまった。

 水を飲ませたり、薬をあげたりするが、リルムは日に日に弱っていった。


 兄の訃報や、父の豹変など、最近身の回りで、いろんなことが起こっている。

 それだけに、リルムの衰弱はさらに僕を不安にさせた。

 僕はやはりあのゴードンが怪しいのではないかと思った。

 兄の死因について僕が探りを入れたから、それを牽制するために、リルムになにかしたのではないか。

 もちろん証拠はない。

 けど、リルムが自分一人で出ていったりするはずがないんだ。

 それに、こんなに衰弱したのには理由があるはず……。

 リルムになにかした奴がいるんなら、僕はそいつを許せない……!


 僕はゴードンに対する怒りを抑えつつ、彼に尋ねた。


「ほんとうに、何も知らないんですか……!?」

「当たり前でしょう。私はそもそも、スライムごときに興味はありません。証拠もないのに、言いがかりはやめてください」

「っく…………」


 たしかに、悔しいけどなにも証拠はない。

 ほんとうは、ゴードンのことを殴ってやりたいくらい憎い。

 だけど、僕にはなんの力もない。

 ゴードンは占い師としてだけでなく、魔法の腕にも長けている。

 僕が拳や剣を振り回したところで、ゴードンにとっては痛くも痒くもないだろう。


 僕はただ、リルムを看病して、回復を祈ることしかできなかった。


「どうしたらいいんだ……リルム……」

「大丈夫よ。ティム。リルムはきっと回復するわ」


 お姉ちゃんは慰めてくれるけど、僕には悪い予感しかしない。

 モンスターをみてくれる医者に見せたけど、医者もどうしようもないという。


 僕はためしに、ミネージュ草を煎じたものを飲ませてみた。

 だけど、リルムは一向に良くならない。

 

 そしてついに、リルムは動かなくなってしまった。

 身体から、魔力も感じられない。


 僕は母が死んだときと同じくらい、号泣した。


「うわああああああああああああああ!!!!」


 なんで、みんな僕を置いていってしまうんだ。

 どうして、リルムが死ななくちゃいけないんだ。


「ごめん、ごめんねぇリルムぅ……」


 そんな、初めて出来た友達だったのに……。

 お姉ちゃんが僕の背中をさすってくれる。


「ティム、仕方ないわよ。スライムの寿命は、人間と比べて短いもの……」

「だけど……でも……そんな……わあああああああ」


 たしかにお姉ちゃんの言う通り、スライムの寿命はそれほど長くはない。

 もともとリルムは身体が弱かったし、そう長くはなかったのだろう。

 だけど、だからといって受け入れられるものではない。

 とにかく、リルムをこんな目に合わせたやつが憎くてしょうがない。

 僕はそいつを殺してやりたいくらいだった。


 動かなくなったリルムは、だんだん溶けて、消えてなくなりそうだった。

 死んだモンスターは、本来、魔石になるという。

 リルムもこのまま、溶けて魔石になるのだろうか……?

 

 だが、リルムが溶けて、その中から現れたのは、魔石などではなかった。


「な、なんだこれ…………?」


 リルムの身体から出てきたのは、一つの小さな卵だった。


「た、卵……!?」


 もしかして、これ……リルムがたまごを生んだってことなのか……?

 いや、どういうことなんだ……!?

 ていうか、スライムって、たまごを生むのか……?

 い、意味が分からなかった。

 そもそも、リルムは雌だったの……!?

 スライムに性別とかあるのかも不明だし……。


 けど、これはリルムが残してくれた唯一のものだ。

 リルムの卵だっていうんなら、僕が大切に預かるまでだ。


「リルム……守ってあげられなくてごめん。だけど、この卵は僕が大事に守るから……」

「きっと、リルムが私たちの残してくれた宝物よ。大事に育てましょう」

「うん……」


 僕はその卵を、大事に大事に温めた。

 リルムは死んでしまったけど、この卵を残してくれた。

 リルムのたまごってことは、このたまごから、リルムの子供が生まれるかもしれない。

 だったら、それを守るのは僕の役目だ。


 ていうか、リルムはいつのまに、子どもなんか作ったんだろう。

 いや待てよ……そもそもリルムが弱っていたのは、妊娠していたからなのか……?

 スライムの繁殖の仕組みはよくわからないけど、なんとなくそんな気がする。

 リルムが衰弱していったのは、たまごに栄養をとられていたからなんじゃないのか……?

 いずれにせよ、このたまごを孵化させてみるしかないな……。





 それから数か月が経って、卵は無事に孵化した。

 大事にたまごを温めていると、ひびが入って、中から小さなスライムが飛び出してきた。

 そのスライムは、リルムと同じで、普通のスライムとは色が違っていた。

 普通のスライムは緑色だが、青色。

 

「きゅいきゅいー!」


 産まれたばかりのミニスライムは、元気いっぱいだった。

 飛び跳ねて、僕にむかって飛びついてくる。

 よくよく額を見ると、すでにテイム紋が記されていた。

 僕がテイムしている状態ってことなのかな……?

 リルムの子供ってことで、いいんだよね……?


「はは……すごく元気な子だ…………」


 リルムを失った悲しみは消えなかったけど、今は無事にこの子スライムに出会えて、ほっとしている。

 これから、リルムの代わりに、僕がこの子を守っていく。


 なんだかその子スライムは、普通のスライムから感じられる魔力よりも、多くの魔力を持っているような気がした。

 この子には、すごい可能性が秘められている、そんな気がする。


「ティム、その子に名前を付けてあげないとね」

「うん、そうだね。なにがいいかな……。リルムの子供だからなぁ……りる……りる……」


 そのときだった。

 僕が名前を考えようと、リルムのことを思い出した、そのとき。

 なぜだか、僕の目から涙があふれて止まらなくなった。


「うわぁ…………リルム……リルムうううううう。うわああああああああ」


 リルムと過ごしたたくさんの思い出が、蘇ってくる。

 たしかにリルムの子供は生まれたけど、君の代わりはどこにもいない。

 リルムはたしかに死んでしまったんだ。

 僕にはどうしてもそのことが悲しかった。

 リルムの名前を呼ぶと、また悲しくなってくる。

 リルムの名前を呼び続け、泣き叫ぶ僕。

 

 すると、子スライムが僕のもとへやってきて、大きな声で鳴いた。


「きゅいいいいいいい!!!!」

「え…………?」


 僕には、子スライムの言ってることがわかる気がした。

 リルムの言ってることもなんとなくでわかっていたけど、この子の声も聞こえる気がする。


 子スライムは、泣かないでいいよ、だいじょうぶだよ、と僕に言っている。

 まるで僕の頭をなでるようにして、頭の上に乗っかって、寄り添ってくれる。

 そして、


「きゅいきゅいいいいい!!!!」

「え……? 今なんていったの……!?」


 子スライムは、僕にとんでもないことを言い出したのだ。

 お姉ちゃんが驚いてきいてくる。


「ティム……! その子はなんて言ってるの……?」

「その……。自分がリルムだって、言ってる……」

「え…………?」


 いったい、どういうことなのだろうか。

 リルムは、死んだはずだ。

 そしてここにいるのは、リルムの残した子供スライム。

 だけど、ほんとだ……どこかリルムと同じ匂いがする。

 それは、リルムの子供だからじゃない、君が、リルムなのか……?


「君……ほんとうに、リルムなの…………?」

「きゅい!」

「はは……! そうなんだ……! リルム! リルムだ! 君は死んでなんかなかったんだね……!?」

「きゅいー!」


 その子スライムは、間違いなくリルムだった。

 僕の知ってる、リルムだ。

 いったいどういうことなんだろう。

 リルムはたしかに死んだはずなのに。

 もしかして、生まれ変わって、もう一度僕のもとにやってきてくれたの……?

 それも、不思議だけどあり得ない話じゃない。

 だって、他でもないこの僕が、異世界への生まれ変わりを経験している。

 生まれ変わりがこの世にあるってことは、すでに経験済だ。


「とにかく、また君に会えてうれしいよ。またよろしくね、リルム」

「きゅい~!」


 とにかく、今はリルムにまた会えたことを喜ぼう。

 だけど、謎はまだまだ深まるばかりである。

 あのゴードンという占い師は、どうにも信用できないのだから。


 

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