第15話 暗雲


 ある日急に、兄が死んだとの訃報が入った。

 なにかの間違いではないのかと思った。

 僕は姉と三日三晩泣いた。

 だけど、よくよく考えたら、おかしなことばかりだと思ったのだ。

 

 その知らせを持ってきたのは、あの怪しげな占い師だった。


 話は遡るが――。

 占い師の名前は、ゴードン・キョンシー。

 ゴードンは母が死んでから、父のもとに出入りするようになった占い師だ。

 父は部屋にこもりきりになっていたが、占い師とは綿密に会っていた。


 僕は最初、ゴードンを怪しいと思っていたが、父の身の回りの世話などもしてくれるし、受け入れてしまっていた。

 それに、父もゴードンのことを少なからず信頼しているようだった。

 だが、それが間違いだったように思う。

 ゴードンが家にやってきてからは、父はますます部屋にこもるようになっていった。

 父とコミュニケーションをとっているのは、ゴードンと彼が用意した数名の使用人だけだった。

 僕が父に面会を求めても、父は会いたがっていないの一点張りだった。

 けど、母を失ったショックにそうなってしまったのだと、僕も強くは言えなかった。


 そんなある日、ゴードンは僕と姉のニーナに、「ローランが死んだ」と告げたのだった。

 兄ローランは学院を卒業したあと、父の手伝いで貴族家の長男としての仕事をいろいろ手伝っていた。

 父はあの調子だし、ローランは少しでも支えになろうと思っていたのだろう。

 そして今回、ローランは貴族の役割として、父の代わりに、戦争に参加していた。


「ローラン様は、バルバル国との戦争中、戦死したとのことです」


 ゴードンは僕たちに、なんともないふうにそう話した。

 正直、腸が煮えくり返る思いだった。

 いきなりそんなことを言われても、信じられないし、嘘に決まってる。


「どういうことなんですか! 兄が死ぬはずありません! 父に会わせてください!」

「それはできません。当主様は奥様を失って傷心の身、そこにさらにローラン様の死の知らせをきいて、すっかり参っています。今は人と会って話せる状態ではありません。お話なら、私が代わりにお応えします」

「っく……またそうやって……父から僕を遠ざける…………!」

「いえ、私はなにも意地悪でいっているのではありませんよ。この家のことを思ってのことです」


 しらじらしい……。

 僕はゴードンによる質の悪い冗談かと思ったが、後日、本当に王国から兄の死を知らせる書状が届いた。

 書状によると、戦況が苛烈なため、兄の遺体は回収できなかったそうだ。

 

 僕はそれをみても、まだ信じられなかった。

 兄は剣の達人だ。

 そう簡単に、やられるはずがない……。 

 それに、兄の遺体が行方不明だというのも、気にかかる。

 

 兄はきっと生きている。

 僕にはなんとなく、その核心があった。

 姉のニーナも、同じ思いを持っていた。


「ねえ、ティムは、本当にローランが死んだと思う?」

「いや……お兄様は生きているはずだ。僕は、なんとなくだけど、そう思う……。あの占い師が、なにか仕組んだに違いない」

「私も、なんだかそう思うわ……。だって、信じられないもの。けど……もし本当だったらと思うと……。心配だわ……」

「僕が、御父様に掛け合ってみるよ。なんとか調査してもらえないか」

「うん、そうよね。お願い」


 戦死したとだけ言われても、正直実感なんかない。

 王国に掛け合って、調査してもらえないか、父に頼んでみるしかない。

 まだ10歳の僕には、悔しいけどなにもできない。

 僕はゴードンがいないときを見計らって、父の部屋を訪れた。


「御父様! 話をきいてください」

「入るな」


 僕が父の部屋をノックすると、中から父の厳しい声が飛んできた。


「なんでなんですか! 兄が……ローランが死んだんですよ!? 顔を見せてくれてもいいじゃないですか。葬式にも出ないし……。御父様、いったいどうしてしまったんですか!?」

「ローランは死んだ。だからなんだというんだ……? もう終わったことだ、忘れなさい」

「………………!?」


 僕は耳を疑った。

 父がそんなことを言うはずがない。

 父はそんな人ではなかったはずだ。


「何を言って……。あ、開けますよ……!」


 僕は無理やり、父の部屋に入った。

 鍵はかかっていなかった。


「御父様…………っ……!?」


 そこにいたのは、まるで別人のように痩せた父の姿だった。

 仙人のように髭も生え放題で、頬は痩せこけ、しわだらけになっている。

 いったい、父の身になにが起こったのだ。


「なにをそんなに騒いでいるのだ……。騒々しい」

「なにを……って……お、御父様……。おかしいとは思わないんですか!? 戦死した貴族に対して、たった書状一枚でって……。せめて、遺体の回収だけでも。王国に掛け合ってみてください」

「そんなこと、必要ないだろう。ゴードンも言っていた。ローランは死んだ。それはまちがいない」


 また、ゴードンか……。


「御父様、あの占い師はなにかおかしいです。目を覚ましてください! ゴードンを屋敷から追い出してください!」


 僕がそう言ったとたん、父の態度が豹変した。


「な、なななななにを言っておるんだ! このたわけ! この部屋から出ていけ! 出ていくのはお前だ!」


 父はそう言い、手元にあった書物などを投げつけてきた。

 その姿は、まるで神を侮辱された狂信者のようだった。

 御父様……ほんとうにどうしてしまったんだ……。

 僕は逃げるようにして、部屋を出た。

 もう、あの人はダメだ。


 母を失ってから、父はずっとおかしくなっている。

 もう父も頼れない。

 もちろん、あの占い師は信用できない。

 だけど、ローランの行方も心配だ。

 本当に死んだのだとしても、家族として、せめてその遺体くらいは手元に戻したい。

 そして、死んだというのが嘘なのだとしたら、なら兄は今どこに……?


 僕は、信頼できる人に、協力を求めた。

 僕にとって、今信頼できる唯一の大人。

 レイン師匠だ。


「師匠、お願いします。ローランのことについて、調べてもらえませんか」

「なるほど……事情はわかりました。私でよければ、力になりましょう。占い師の素性についても、こちらで調べてみます」

「ありがとうございます」


 レイン師匠は、僕に修行をつけてくれる傍ら、王都で宮廷テイマーとしても働いている。

 レイン師匠なら、王都でいろいろ調べてくれると思ったのだ。

 

 だが、僕が調査を依頼してから、レイン師匠はうちに来なくなってしまった。


 いったいなにがあったのか……。

 レイン師匠の身が心配だった。

 師匠は、決して約束を反故にするような人ではないはずだ。

 なら、考えられるとしたら、それを調べたことで、なんらかの圧力がかかったのか……。

 

 どうすればいいんだ……。

 いったい、僕のまわりでなにが起こっているというんだ。


 困惑する僕に、すれ違いざま、ゴードンは不敵な笑みを漏らして言った。


「無能は無能らしく。大人しくしていることです。そうすれば、命までは失いません」

 

 

 

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