ささくれ

ゴローさん

ささくれ

「うわ……」 

 洗い物をしていた私は、ふと右手の親指に違和感を覚えてそこを見る。

 すると、決して小さくないささくれがあるのを見つけた。

 渋い顔をしながらそれを見やる。

 気になるからと言って、向くのは簡単だが、その後公開することになるのは目に見えている。

 かといって、放置しておくのも良くない。

 なにかの表紙に更に大きくなるかもしれないからだ。


 そう考えてから、薬箱の中を見やる。


「うぅわ……」

 ここで二度目のため息をつく。

 カット版の箱はあるけれども、その中には一つも絆創膏が入っていなかった。


 以前使い果たしたときに気がついたはずだが……面倒くさくてその時に買い足していなかったのだろうか。

 過去の自分を恨むしかない。



「今日は出かけるつもりじゃなかったんだけどな……」

 独り言をつぶやきながら、財布を持つ。

 ちゃんと化粧をするのはめんどくさいから、少し大きめのマスクをして、財布を持って家を出る。


 化粧をしたくないからと言ってマスクをするのはコロナ禍で手に入れた技術だ。

 鬱陶しかったマスクも有効な使い方があると知ると、途端に愛らしくなる。


 そういえばマスクも残り少なくなってたし、せっかくドラッグストアに行くなら買い足しておくか。


 頭の中のメモを書き足す。


 せっかく行くなら食材も買っておきたいな。明日以降の晩御飯の食材まだ買ってないし。

 スーパーも近くにあったはずだから……そこに回っていこうかな。

 でも大荷物になったら、持って帰れないから………

 じゃあ車に乗っていくしかないかな。


 相関上げて、一度鍵を締めた家に帰ろうとしたとき。


「こんにちは〜今日もいい天気ね〜」

「……こんにちは」


 向かいの家に住むおばあさんが声をかけてきた。


 いつも甲斐甲斐しい方でたまに、料理が余ったからと届けてくれたり寒いからと言ってカイロをくれたりする方だ。


 なかなか私はテンションが高くなく、冷たく対応しているように勘違いされがちだが、このおばあさんはそのこともわかってくれ体類がする。

 とにかくこの方と一緒にいるとなんか落ち着く。

 そんな安心感を与えてくれる人だ。


「こんな暖かい日には散歩に行きたくなるのよね〜あら、」

 おばあさんはなにかに気がついたように私の右手を見る。

「ささくれができてるじゃない!いたいわよねー。はい絆創膏。」

「……ありがとうございます」

「あら、私この後、友達と昼ごはん食べに行くんだったわ。それじゃあまたね。」

「さようなら」


 おばあさんはそのまま手押し車を押しながらいってしまった。


 ま、ドラッグストアもスーパーも今度でいいか。


 気温以上にぽかぽかした気持ちになって、私はマスクを外して空気を吸い込んだ。


 マスクもいいが、マスクをせずに吸い込む空気も悪くはない。


 そう思ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ささくれ ゴローさん @unberagorou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ