第10話 名もなき絵画世界

 絵画世界。俄かには信じられない事象が起こっている。しかし、目の前で観測できている以上事実なのだろう。完全に新種のモンスターだ。世界中でモンスターに関する研究は今でも続いているけど、こんなモンスターに関する情報は全く知らない。


「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」


 甲高い笑い声が空間中に響き渡る。

 反響しているため、音の発生源は捉えられそうにない。


 だけど、それは突然空中に現れた。まるでワープしてきたみたいに突然の出現だった。


「あれが、本体のモンスターだろうな」


「ふ、筆……?」


 任城さんは冷静に、横山さんは動揺しながらモンスターの姿を捉えた。

 絵筆に口が付いている単純な姿のモンスターだ。


「『飛来斬』!」


 三浦さんが虚空に向かって斧を振りかぶる。スキルによって斧の一撃は直線上に飛んだ。『飛来斬』一般的な物理攻撃系スキル。読んで字のごとく飛ぶ斬撃である。


 三浦さんによる飛来斬だったが、モンスターにはかすり傷一つ与えられなかった。

 それよりも、


「三浦君。手ごたえはあったか?」


「……いや、全くない。まるで元々切れていた物を斬ったみたいだ」


「そうなると、あれは非実体系のモンスターと言うことになる」


 その会話に私は入り込んだ。


「そう単純なことじゃないかもしれません。元よりここはあのモンスターが作り出した世界。何か仕掛けがあってもおかしくはないかと」


 非実体系のモンスター相手にはマナを使用した魔法攻撃スキルが有効だ。とりあえず試してみよう。


「『気弾』」


 マナを利用して半透明な球を作り出し、放出する魔法攻撃スキル。五等級の新人コレクターでも使えるほど簡単に手に入るスキルだが、使い勝手は良い。


 高速で飛来する気弾に怯むことなく、真正面から受け止めるモンスター。その身にはやはり傷一つとして付いていなかった。


「なるほどね。やっぱり何か仕掛けがあるんだ」


 すると、何が考えられる?

 攻撃が通らない。あのモンスターのレベルがどれだけなのか分からないが、大して差はないように感じる。

 あれが本体なのではなく、別の個体が存在するだけと言う可能性もある。そうなるとこちらとしてはお手上げだ。


 私が考えに耽っていると、任城さんが警告をした。


「何か来るぞ」


 宙に浮いているモンスターに意識を移す。すると、あれは体を動かしたかと思ったら空中に目にも止まらぬスピードで絵を描き始めた。


 絵の内容は……オーガの大群か。人型で大柄、筋肉質で屈強な男性のようなモンスターだ。肌の色は赤や青など様々で、難度で表すと伍から陸になる中層で最もメジャーなモンスターだ。


「……なるほど、絵に描いたものを実体化させる能力」


 絵が完成する前に私は察した。この空間を作ったのが目の前の筆のモンスターならば、絵を実体化させるなんて容易だろうと。


 完成した絵はやがて実体化し、平面から立体へと変化する。

 生み出された複数のオーガは目を見開くと咆哮を上げた。


「……どうやら、あれら一体一体に自我があるようだね」


 そうぼやくのは三浦さんだ。気持ちはわかる。あんなに簡単にモンスターを生み出せられては、コレクターにとって命取りになり得る。


「とりあえず、バフを掛けましょうか。『体力上昇』『視野拡張』『演算加速』」


 だが、ここにいるのは誰もが一線級のコレクター。今更オーガ程度に遅れは取らない。横山さんのバフによって120%のポテンシャルを発揮できるようになった私たちにとって敵ではない。


「各個撃破といこう」


「「応!」」


「オッケー」


 ……なんか、任城さんと同じ返事をしたのが納得いかないけど。







「『疾風迅雷』」


 スキルによって超加速した私は、さながら辻斬りのようにオークたちをばっさばっさと切り捨てていく。


「あれだけ意気込んでおいて、結局ルルカちゃん一人で終わりそうなのはなんか納得いかないんだけど」


 そんなこと言われても仕方ないでしょう。三等級のコレクターであれば苦戦を強いられた対面だったかもしれないけど、これでも私は二等級上位勢。今更オーガに足を掬われるわけにはいかない。


 ……それにしても、かなり厄介なモンスターだね。

 この空間は階層で言うならば恐らく中層に相当するんだろう。だけど、本来オーガと言うのは上層のボス的立ち位置。戦闘力が高い個体なら中層の主力だ。


 そんな個体が見ただけで十体以上の群れとなって襲い掛かってくるのは、流石に初見殺し過ぎないだろうか。


 殺意が高いね。


 オーガの人間離れした膂力で繰り出される攻撃を難なく躱し、私は反撃に転ずる。一撃で頭部を粉砕し、次の個体へとマークを移す。


 この繰り返しをして、オーガは殲滅された。

 オーガの肉は食用にもならないし、工業的な利用もあまりされない。角は一定の価値があるから、持って帰るのなら角だね。


 そう思って倒れたオーガの死体に目を向けると、彼らは皆一様にして絵の具へと変貌し消えた。


 ……骨折り損のくたびれ儲けじゃんかよ。


 このモンスターはクソだぜクソ。

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一般人男性、ダンジョンを作る ねうしとら @abyunappua

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