第9話 永月ルルカの試練2

「いい感じに作れたんじゃない?」


「うむ。そうであるな」


 俺は現在、自ら完成させたダンジョンを見て満足気にしていた。一からちゃんと作り上げたダンジョンは俺に達成感と満足感を十分に与えてくれる。

 

 上層の難度は色々と考えたが結局参にした。壱でも良かったのだがそれだと簡単すぎる。誰にでも攻略できる簡単なダンジョンだと思われるのはなんか癪だったし、そこそこの難度だ。


「にしても、よく分からんモンスターが現れたよな」


「あれか。あれは中々厄介な代物だったな」


 中層の難度が陸から漆、下層が捌という当初の構想通りのダンジョンを作ることが出来たのだが、全く新しい未知のモンスターが出現するというイレギュラーが起こったのだ。


「ダンジョンの在り方を根底から覆すようなモンスターだよな」


「あれには我も驚かされたものよ」


 中層にいるモンスターなのだが、まあ実際に見るほうが早いか。

 ちょうどお客さんも来たみたいだし。


「さて、記念すべき第一回目のコレクターさんはどなたかな」


 俺のダンジョンに訪れたのが、推しの配信者【永月ルルカ】だと気づくまであと数分。





 *




「特になんの変哲もない普通のダンジョンだよな」


 そう言うのは前衛で私と一緒に戦っている三浦さんだ。手にした斧を豪快に振り回して襲い掛かるモンスターを難なく倒している。


 今私たちがいるのは、20階層。出てくるモンスターや罠の数々から難度として表す場合、伍となるだろう。


 私以外のコレクターは全員が一等級と言うこともあって、ここまでは難なく進んでいる。上層の探索中に、パーティとしての立ち回りや各々の戦い方の癖なども把握できて、コンビネーションも取れるようになってきた頃合いだ。


 そんな絶好調の私たちは、次の階から所謂中層へと差し掛かるところなのだが、ここで少し異変があった。


「行き止まりみたいだな」


 タンク役の任城さんが言う。

 確かに、そこそこ広い個室のような空間で、特に通路などはない。


 横山さんがスキルで空間を把握するが、隠し扉や罠の類は見つからないようだ。

 袋小路……なのだが、明らかに場違いなものがここに一つある。


「絵……?」


 何の変哲もない一枚の絵画がこの洞窟の壁に飾られていた。絵と言うよりは落書きに近いそれは、こんな岩だらけの部屋に似つかわしくない雰囲気を醸し出している。


 赤ちゃんが好奇心に任せて好き放題に絵の具を混ぜたような色合いの、ぐちゃぐちゃとしたものが一面に描かれた絵画だ。


 そんなよく分からない絵を見ていると、その絵は渦を巻き始めた。

 絵の具が絵の中心に向かってぐるぐると螺旋状に回っている。まるで錯視のようだが、ダンジョンの中でこんな異常事態が発生したことで私たちは否が応でも警戒せざるを得なくなった。


「気を付けろ!」


 もう既にこのパーティのリーダーとしての役割を果たしている三浦さんが叫ぶ。

 その瞬間、額縁に飾られていた絵画から大量の絵の具が放出された。


 決して綺麗とは言えない、黒や紫、藍などの暗い色が混じった絵の具は、どこにそんな量があったのかと問いたくなるほどの洪水となって私たちを飲み込んだ。


 スキルによって抵抗は試みたが、この絵の具に実体はない。成す術がなく飲み込まれた私たちが次に目にしたのは辺り一面の都市だった。


「ど、どこここ……」


 自然と口に出てしまった疑問だが、皆同じ思いだったようで私に同意している。


 まるで渋谷のような街並みだが、細部が異なる。渋谷のようで渋谷でない、そして人っ子一人いない都市に放り投げられてしまった。


「みんな!これを!」


 そう叫んだのは横山さんだった。

 

「こ、これは……」


「冗談だろう……?」


 横山さんの声に振り返ると、そこには宙に浮いた額縁があった。そして、その額縁には私たちがさっきまでいた洞窟が映し出されている。


「まさか……」


 そのまさかだ。つまり、私たちは絵画の世界に閉じ込められてしまったと言うことだろう。


「出れそうか?」


 横山さんに対して三浦さんがそう聞くが、彼女は首を横に振った。この額縁を潜れば元の場所に戻れるわけではないようだ。


「となると、黒幕を倒す必要がある。と言うことかな?」


「いや、出口がある可能性もあるだろう」


「なんにせよ、全く新しいモンスターってことは分かったわ。ルルカちゃん、気を付けてね」


「無論です」


 私たちはこの未知の状況に対して一致団結し、より結束力を深めるのであった。





 *





「いや、まさか俺が作ったダンジョンに最初に訪れるのがルルカちゃんだったなんて驚きだ」


「さっきまで放心して、千里眼で見ることすら放棄していた者とは思えん落ち着きようだな」


 いや、仕方ないでしょ。だって推しが俺のダンジョンに訪れてるんだぜ?こんなの冷静でいられるわけないでしょうが!


「主が何を考えているのかは大体分かるが、良いのか?このダンジョンの最終的な難度は捌だぞ?彼女が死ぬ可能性もある」


「そうなったらヨルが助けに入ってよ」


「……主はたまにおかしなことを言い出すな」


 仕方ないでしょ。ルルカちゃんに限らないけど、俺のダンジョンで誰かが死ぬのは寝覚めが悪い。とは言え、死亡率ゼロパーと言うのはただの詭弁であることは分かっている。危険を承知で挑んでいるコレクターたちなのだ、手加減などしない。


 それはそれとして、俺が好きな人は助けたいと思うのは何も変じゃないでしょう?


 さて、彼らの様子はどうかな。


「『名もなき絵画』。中層そのものである魔物だね。コレクターを絵画の世界へと迷い込ませる。脱出するにはどこかにある出口にたどり着くか……」


「本体を倒す。であるな」


「そうだな。まあ、現実的なのは出口を探すことだね。本体は絵画の世界じゃ無敵に近い性能をしているし」


 その分、攻撃能力もあまりないけど。


 さて、彼らはどうやって攻略するのかな?




 =============


 Tips:名もなき絵画

 対象を絵画世界に誘うモンスター。現実世界にある額縁はあらゆる攻撃でも破壊することは不可能。

 本体の『ブラッシュ』は絵画世界で描いたものを実体化させることが出来る。絵画世界においてほぼ不死のモンスター。

 ちなみに、ブラッシュ以上のレベルの物は実体化することが出来ない。


 


 


 

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