第2話
「行ってらっしゃい。愛しき主よ」
また、あの人の断片が去っていく。そのどれもが狂おしいほどに愛しくて、尊い。けれどそのどれもが、少女を覚えてはいない。
「……これでいい。これでいいのよ」
断片を送り出すときに、少女はこう呟く。それは少女が、かつてとある人を看取ったときに発したものと同じ言葉だった。死んで、世界になろうとしたその人を、少女は愛していた。そして今は世界となったその人も、少女のことを愛していた。
「ずっと、一緒にいるためだもの」
その人は、神様だった。
死んで、世界になるのだと笑って、ほんとうに逝ってしまった。
「どうして、貴方は死ななければならないの?」
かつて、少女はそう問うた。
神様とはそういうものなんだ、と何の気なしに言われてしまったけれど。
けれど最期に、その運命を曲げてくれた。死んで、己という枷を外れた神様の身体は、無限の可能性を秘めた世界になるらしかったけれど、その可能性を捨てたようだった。死んだその人の身体は世界になってしまったけれど、その世界は形を変えながらも全て「あの人」でできていた。少女の知らない要素は、生まれなくなっていて、世界は「あの人」だった。
世界に生まれたあの人の面影が「輪廻」と呼ぶもの。死んだものは全て少女の元に還り、混ざり合ってもう一度世界の一部になる。そうやって、あの人は少女に寄り添おうとした。
「……それでも、待ってる」
あの人の断片が還ってくるたびに、少女は少しだけ悲しくなる。
世界は、あの人の亡骸だ。少女のことを愛してくれていたあの人は、そこにあるようで、どこにもいない。
いつか全てが終わって、世界そのものが私の元に還ったのなら、もう一度あの人に会えるだろうか。
その日を夢見て、少女は今日も冥府に沈む。
輪廻が廻れど、少女は還りを待つ シュピール @mypacep
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