東京タワーのテッペンにはささくれがある
米占ゆう
東京タワーのテッペンにはささくれがある
日光東照宮陽明門の逆柱に代表されるように日本の建築業界には「建物を完璧に完成させるとそこからだんだん崩壊していく」といういわば伝説のようなものがあり、同様の考え方が東京タワーにも適応されていて、東京タワーのテッペンのアンテナにはバリ取りされずわざと残された大変なささくれがあるらしい、とは私の姉が東京旅行の際、東京タワー建設に関わった祖父から聞いた話として当時幼かった私に滔々と語って聞かせたトリビアであるが、しかしながら大人になった今、改めて調べてみると、当時の姉の発言を裏付けるような資料は全く無く、現地に行ったところで一般公開されているエリアでは東京タワーのテッペンなんて当然見ることはできず、確認するには東京タワーを外側からテッペンまで登らなくてはならないが、そんなことはまず難しいわけで、果たしてかの放言は真実なのかどうか、真相は藪の中で、考え出すと夜も八時間しか眠れない。
なんて話が冗談であったうちは良かったのだが、そのうちだんだん本気で気になるようになってきて、夜の睡眠も次第に七時間、六時間と減少してきて布団に入るとまず思い浮かぶのは東京タワー。どころか夢の中まであの赤白のトンガリがにょきにょき生えてくる始末で、ああ、これはまずい。どうにかしなくてはと追い詰められたのが二年前。そこからボルダリングの修行を積んで一年。パルクールの修行を積んで一年と二年間に渡る自己鍛錬の期間を経て今、風も弱く、気温も低くなく、明るい月夜というまたとない絶好の登塔日和の本日、警備の目をかいくぐり、私、東野たわわは塔を外側から登り始めたわけなのだけれども、果たして東京タワー、思ったよりも登りやすい。どころか、登ることを想定されていたような気までしてくるわけで、まあ、実際昔の鳶職の人達は東京タワーを作るときに命綱なしで登ってたらしいし? 案外行けるもんなんだな、ってことでそろそろ大分高いところまで来たし、一旦ちょっと一休み。チョコとでも食べてゆっくりしよーっと思って鉄骨の上に座り込もうとした瞬間、大型台風もかくやと言うほどの突風があたしの身体をすくい上げ、あっという間に東京の空高くに私の肢体を放り投げるわけなんだけれども、えっ? あれっ? これ終わった……? と思っていると空飛ぶあたしの足元に黒いフードを被った怪しい男が立っているわけで、まさか、あれは死神……?
と思うと同時に男はニヤリと笑って「久しぶりだな、たわわ。まったく、しょうもないことで命を無駄にしやがって……」と妙に通る声であたしに話しかけるわけで、もうダメかもしれない。お母さん、お父さん、お姉ちゃん、お元気で……なんて心のなかでお別れを言いつつ、なんだかものすごく悲しくなってきた。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。東京タワーのささくれなんか、見に行くんじゃなかった。というか、東京タワーのささくれ? なんだよそれ、意味分かんないこと吹き込むんじゃないよ!! お陰であたしは意味不明な状況で命を落としたわけで、はぁ~~~!!! なんだか心がくさくさしてきたなあ!! あたしの人生をなんだと思ってんだ!! 大体死神も死神だ! なに、久しぶりだな?? こっちは全く見覚えもないわ、このやろ~~~!!! つってあたしは怒りにまかせて死神に組み付くわけなんだけれども、流石に空中の中で誰かと喧嘩したことはあたしも経験はないわけで、顔に一発入れようにもバランスが崩れるばかりで全く照準が合わず、カラスの喧嘩みたいにひたすら掴み合ったままくるくる自転するばかりになるわけなんだけれども、そんな狂犬が如きあたしを両手で制しつつ、死神が声を上げるには、
「待った待った! たわわ、いいかい、オレの顔をよく見なさい。オレの名前がわかったら助けてあげよう」
とのことで、フードを外して素顔全体を見せてくるわけなんだけれども、まあそれが見たこともない若い男の人の顔で、はぁ? 知るわけねぇだろ! こいつフカシてんな、まともに取り合う必要もねーや、どうせ鬼六とか、そんなんだろ、なんてあたしが尚もささくれた心持ちで言葉を打ち返すと死神、ふと穏やかな顔になって諭すようにあたしに言うには、
「いいかい、たわわ。敵と味方を見間違えるなよ。オレはオレが建てた東京タワーでお前に死なれたくないだけなんだ」
とのことで、えっ、それって、もしかして、おじいちゃん……? って聞いてみると死神はちょっと嬉しそうに笑うとすっとあたしの襟元を掴み上げ、そのまま柔道の背負投の要領であたしを東京タワーのテッペンに向かってポーンと投げるわけで、うわぁぁああああああああ――
ハッ!
次に目が覚めた時、あたしは大空の真下にいた。
――というよりは、東京の真上にいたわけで、ここは標高333m近い場所。つまり、東京タワーのテッペンにあるアンテナの下に引っかかるように寝そべっていたわけで、まあ当然こんなところで寝ていたのだから体全身が痛い。というか、どうやってこんなところまで来たんだろ、やっぱ投げられて……? いや、まさかね、なーんて思いつつ。
とまれ、ここまで来たからには、とあたしはアンテナを見上げるわけなんだけれども、そこにはまあ、きれいに赤く塗装されたツルツルのアンテナがそびえているわけで、ああ、東京タワーのささくれなんて、存在しなかったのか。そうか、お姉ちゃんのあれは嘘だったのか。なーんてあたしの胸に長年つっかえていた謎がすーっと溶けていく心地よさを感じつつ、同時にあの姉、絶対殴ってやるぞという決意を胸に固め、それはともかく、空は高いし、太陽は近くて、気持ちいいなあ……なんてアンテナを背にぺたんと座りながら都内を見下ろしていると、いつからそこにいたのか、ワークマンに身を包んだ作業員の人と目があって、
「ギャ!? おおおおおお、おばけ!?」
と腰を抜かしそうになっているので、こんなところで腰を抜かしたらかわいそうだと思い、
「いえいえ、私生きてますよ! ほら、手、ちゃんと実体あるでしょ!」
と手を差し出してみると、作業員のおじさんは私の手をさながら怪しい骨董品みたいな顔で受け取るとためつすがめつして応えるに、
「お嬢ちゃん、ささくれ、すげーな」
とのことで、私の心はそれなりにささくれだったのであった。
東京タワーのテッペンにはささくれがある 米占ゆう @rurihokori
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