庇護欲強めな機械人形さんにホワイトデーを教えたい
シンシア
第1話
今日はホワイトデーである。
バレンタインデーのお返しを渡す日という認識で合っているのだろうか。
バレンタインより、いくらかシンプルな解釈で済むのでありがたい話だ。
義理がどうだとか、性別がどうだとかと、どうにもややこしく考えたがる人達が多いのでこの手の話は面倒くさい。
誰が誰にあげようが、貰おうがほっといてくれと思ってしまう。
元はといえばどこかのお菓子メーカーが作り出した販売戦略であると聞いたことがある。あげたい人があげたい人に贈り、貰えなかった人は自分で用意する。
そうやって皆んなでチョコレートを食べる日でいいではないか。
チョコが苦手な人は甘いものを。
甘いものが苦手な人はもう何でもいいではないか。
「何やら難しいことを考えているようですが、貴方様はただただ美しい私のことを見ていればいいのですよ。素晴らしい芸術に触れた際に言葉を失うほどの衝撃を受ける。あの様子と等しい体験を貴方様は日頃からお受けになっているのですから。それに私以外のことを考えられるほど容量の大きな思考回路をお持ちではないことは存じております」
僕がせっかく一年に一度の行事ごとを楽しもうとしていた矢先に横槍を入れられた。
帰路の最中、隣にピッタリとくっついている彼女から発せられたものである。
漆器を思わせる光沢で艶がある黒髪。
前髪はぱっつんで後ろ髪は長く、ストンと伸ばしている。
ひくほど整った顔立ちに透き通ったガラス細工みたいに綺麗な瞳。
真っ白な肌は病弱なのか吸血鬼なのかと心配になるほど美しさを感じる。
平凡で何の可愛げもない学校の制服に身を包んでいるというのに彼女の姿は可愛いという常識の範疇を軽く超えてしまっている。
「それは誉めているのか貶しているのかどっちなのさ。本当に撫子さんのことをぼっーと眺めているだけで全てが解決してしまうって所は認めるけどさ!」
僕の受け答えに満足したのか彼女はフッと短く嘲笑するとすまし顔でこちらを覗いてくる。
彼女の名前は
自立思考搭載人型二足歩行式警護機械人形・大和撫子零式。
通称、機械人形のヤマトちゃんだ。
そう、撫子はロボットなのである。
かくかくしかじか、ひょんなことがきっかけで、彼女は僕の身の回りの世話どころか警護までもをしてくれている。
基本的に彼女が自分から離れることはない。
この間のバレンタインデーでは謎の組織から一瞬で僕のことを助け出してくれた。
僕を捕らえた幹部らしき女の瞳を一瞬覗き込んだだけで懐柔してしまったのには驚いた。
彼女は機械人形に標準搭載されている『人間の気持ちを汲み取る機能』と呼ばれる機能がオーバースペック気味に搭載されている。
してほしいこと、言ってもらいたい言葉、
仕草、動作などを対象の微量な体の動きや心音などの情報から割り出して、
行動に移すという機械人形が人間の生活へと足を踏み入れるきっかけとなった機能である。
撫子の場合はこれに留まらずに目と目を合わせるだけで対象から思考を盗み出したり意のままに操ったりすることができるのだ。
なので先程僕が言ったことは冗談ではないことが少しゾッとする話である。
かくいう僕も何度も思考を彼女に覗き見されている。
「もうバレていると思うから言うけどさ、撫子さんにバレンタインのお返しをしたいんだ。何か欲しいものはある?」
「それはこの前も言いましたが、貴方様の欲しいものがわた──いえ、失礼いたしました」
機械に脊髄反射という言葉を使うのかが正しいのかはわからないが、お決まりの質問に彼女らしい定型文で返されたと思ったが途中で言いとどまった。
その後撫子は顎に手を当てて少し俯いた。
何かを思考、計算しているのだろうか。
その表情は何かの絵画のように美しい。
少し伏せた目だからか、長い睫毛がいつもよりハッキリとわかる。
しばらくそのまま無言で歩いていると彼女がパッとこちらを向きながら口を開いた。
「これから私と洋服屋へ行ってくださいませんか?」
「はい! よろこん……で」
彼女の答えを予想していたわけではないが、言葉を引きずり出されるみたいに反射的に声が出た。
撫子は口角を上げてにぃーっとヒールでニヒルな笑みを浮かべる。
「お前僕の頭の中を覗いたな! いつだ、いつからだ。答えなんかとっくに決まっているのに考えたフリしやがって!」
彼女がこの表情をするときは決まって良からぬことをした時であった。
この顔をしなければ僕が言って欲しい言葉を計算したことなどはわからないのに、
してやったぞと言わんばかりな態度をとるので本心で答えていないことが透けてしまうのだ。
「その言いぐさは何ですか。貴方様が私の楚々で端正な顔を見つめたそうにしていたのでその機会を与えてあげたのですよ。もっと私に感謝して媚び諂ってください。それに貴方様は私が好かれようと一から十まですべての思考を見ているとでも言いたいようですが、貴方様の思考など読み取らずにでも手に取るようにわかりますよ。それほど複雑な考えをお持ちのようには見えませんよ。自惚れるのもいい加減にしてください」
大変な早口で捲し立てられた。
おそらく他の機械人形であれば、対象に気づかれずに心の奥底の願望を上手に抜き出すことができるので、
お互いが声を荒げ合ったり、一方的に言葉を浴びせられたりなどという話の展開にはならないと思う。
撫子には零式と型番がついているように、
一般販売されている他の番号機と比べると
機械人形特有の反応をすることが苦手な
ポンコツロボットだ。
「ちょっと傷ついたかも……」
僕は撫子の言葉を素直に受け取り、しょんぼりとして見せた。
肩を落として俯きながら一人でとぼとぼと歩き始めた。
「え、ちょっと待ってくださいよ! 言いすぎました」
撫子はそう言うとすぐに僕との差を詰めるように小走りで追いかけてくる。僕は特に振り向いたり止まったりせずに黙々と歩き続ける。
「──嘘ですよ。先日貴方様の頭を覗き見た時にホワイトデーの存在を知りました。それから計算を重ねた結果、私に当日何が欲しいかをお聞きになる可能性はほぼ確実でした。なので何パターンもシュミレートしたのです。その結果一番貴方様がお喜びになった答えを言っただけです」
僕は無視をして歩いた。
すると、突然後ろから手を握られる。
「……貴方様に好かれたくて仕方がないのです」
僕は後ろを振り向くと口角を上げてヒールでニヒルな笑いをお見舞いした。
彼女はきょとんとした顔を浮かべる。
「僕の方が機械の撫子さんより言って欲しい言葉を引き出すのが上手かもね」
撫子はすぐに僕の言葉を理解したらしく頬を膨らませる。
「私のことを騙したのですね」
「成功すると思わなかったよ。何だか今日は一段と毒気が強かったから、少しだけモヤっとしたのは本当だけどね」
機械人形であれば人間がどういう意図でこんな行動をしたとすぐに仕草や小さな体の動きなどからすぐに推測することができる。
なのでこんな幼稚な不機嫌さは通用しないのだが、彼女は気持ちを汲み取る力の感度が高いせいでこういう小さな意図を読み取ることが苦手なのだ。
「──貴方様のおっしゃる通り、今日は少し焦っていたのかもしれません。申し訳ありませんでした」
「ううん、謝らないでよ。今日は撫子さんのしたいことをやりたいからさ。本当に洋服屋さんでいいの?」
「はい! それは私の本心でもある……と思います」
それから掴まれた手を握りなおすと僕たちは一緒に歩き出した。
これは僕と撫子の。
人間と機械のホワイトデーの話である。
庇護欲強めな機械人形さんにホワイトデーを教えたい シンシア @syndy_ataru
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