ささくれだった。
清泪(せいな)
つまんで、捨てた。
平日、真ん中、水曜日。
時計を見ないと昼過ぎなのか、夕方なのかわからない曇り空。
天気予報によると雨は降らないらしいのだけど、風は強く吹きつけるベランダで私は乾き切らなかった洗濯物を取り入れていた。
震えるほど冷たい風になびいて、視界を邪魔する長くなった髪をかきあげると何か引っかかった感じがした。
皺が目立ちはじめて気になる右手、その小指の爪の横にそれはあった。
小さい木のかけらみたいな、ささくれだった。
部屋の中で煙の匂いが籠るのが嫌で、二十代の頃の私は寒空の中、タバコを吸っていたものだ。
子供が産まれて禁煙してからだいぶ経つけど、今はもう煙を吸うのに震える寒さに耐えるなんて考えられなかった。
寒い寒い、と呟きながら私は部屋の中に洗濯物を放り込むと慌てて部屋に入って、逃げるようにベランダの窓を閉めた。
洗濯かごが最近割れて買い換えようかと考えてるが、別に無くても困らないよなとも考えてしまう。
床に放り投げた洗濯物を拾い上げる前に、テーブルの横にある椅子に座って一息ついた。
学生の頃から使ってる椅子がギィっと軋む音を立てる。
これも買い替え時なのか?、と出費がかさむことを瞬時に考えてしまう。
考えるけども、実際使えなくなってからでいいんじゃないかと先延ばし案も浮かんでくる。
ギャグみたいに椅子の足が折れた時に、やっと私は後悔するんだろう。
一息、ついた。
床に放り投げた洗濯物を拾い上げるか、先に温かい飲み物を作るためにお湯を沸かすことにするか、二択に悩んでるところにテーブルの上に置いていたスマートフォンが振動した。
小さくしていた通知音も、ピンッと鳴る。
スマートフォンの側面にある電源ボタンを親指で押すと、画面にLINEの通知。
パート先で出会った一回り歳下の二十代の男の子。
ちらりと読めるメッセージ内容を気にしながら親指で通知をタップすると、LINEアプリが起動した。
二人の子を持つシングルマザーを口説いてくる二十代なんて、遊び相手に困っているか、庇護欲に酔いしれてるか、だと思う。
どちらにせよ、私も遊び相手には事足りてなかったのが実際だ。
最近はそんなものを探す気力は無かったし、マッチングアプリなんて苦手な部類だった。
二人の子を持つ為に色々なものを失ってきた、なんて悲観的な考えは無いし、ワタシカワイソウで男に抱かれる気はなかった。
遊び相手がいなかったんだ。
ただ、それだけの話。
送られてきたメッセージは、次に会うのはいつにしようかというものだった。
いつ性のはけ口になってくれるんだい?、という野性を隠して取り繕う言葉の数が愛らしく可笑しかった。
だけど、少し。
たった一度。
行為の為の言葉を重ね、奪うように唇を重ね、埋めるように身体を重ね。
でも、たった一度。
たった、一夜の話で。
数日前までは、さん付けだった呼び方がメッセージの冒頭で呼び捨てに変わっていたのが気になった。
互いにこれは遊び相手で、対等でも、上下でも無いっていうのに。
私はくんを付けていて、呼び捨てにされて。
私の心は少し、ほんの少し、ささくれだった。
でも無視はできない、ささくれ、だった。
ささくれだった。 清泪(せいな) @seina35
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます