頭の上の触覚

十三番目

生えた触覚


 私の頭には触覚が生えていた。


 他人の目には不可視で、自分にしか分からない。

 けれど確かに、そこには触覚が生えていた。

 ゆらゆら揺れたり、ピンと立ったり。

 まるでアンテナのように、常に何かを傍受しているのだ。


 小学校に入る前から、私は異様に本が好きだった。

 特に挙げるならファンタジー。

 この世界にはない可能性を秘めた物語に、ワクワクとドキドキが止まらなかったのを覚えている。


 小学校に入ってすぐ、ハリーポッターを読んだ。

 杖を振ったら魔法が使える、そんな素晴らしい世界の話。

 憧れた。

 そんな世界に行けたら、どんなにいいだろうと。


 ──その時、触覚がビビッと震えた。


 触覚は受信した内容を、そのまま私に伝えてくる。

「あなたも魔法使いになれるよ!」

 多分、こんな感じだった。


 心の中にむくむくと湧いてきた、実は私にも魔法使いの素質があったのだという希望、喜び、好奇心。

 何より、あの素晴らしい学校に通えるのが嬉しかった。


 梟がいつ飛んできてもいいように、休憩の時間も窓側の席に座って待っていた。

 本が好きな私にとって、待つことは苦にならない。


 多くは図書室で本を読みながら、時には誰もいなくなった教室でグラウンドを眺めながら。

 果てには、家のベランダからただ空を見上げてみたり。

 来るはずもない梟便を、ずっとずっと待っていた。


 結局、私は魔法使いにはなれなかった。


 小学校に通って早数年。

 クリスマスの魔法からも解かれていた私は、少しだけ達観するということを覚えた。


 周りがヒーローのポーズを取りながら騒いでいても、魔法少女のセリフを叫びながら祈っていても。

 どうせ叶わないのだし、夢を見るくらいは必要だろうと考えていた。


 むしろ、そう考えるのがイケてる、なんて思っていたのだ。


 今考えるだけで胃が痛む。

 しかし、小学生時代の私には怖いものがなかった。

 周りよりちょっと大人な自分に酔いながら、ませた子を気取っていたのだ。


 相変わらず、頭には触覚が生えている。

 ふよふよと風に揺れながら、周りの様子をランダムに受信しては、私に伝えてくれていた。


 話は変わるが、その当時、私は魔女の宅急便を見ていた。

 ジブリ作品は何度観ても面白い。

 とりわけ、キキがデッキブラシで空を飛ぶシーンが印象的だった。


 ──その時、触覚がビビッと震えた。


 触覚が受信した内容はこうだ。

「学校のロッカーにも、似たようなブラシが入ってるよ!」


 掃除の時間になった。

 その日、私の担当場所は階段だった。

 手にはバケツとデッキブラシ。


 コンクリートの階段をごしごしと磨きながら、頭の中では違う事を考えていた。

 今、周りには誰もいない。


 まるでコソ泥のように息を潜め、私はブラシへとまたがった。

 その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 兎もびっくりな跳躍力で、何度も何度も飛び跳ねる。


 結局、私は空を飛べなかった。


 箒だのデッキブラシだの、そんなもので人が空を飛べるわけがなかったのだ。

 もうそんな過ちは犯すまい。

 私は心から決意した。


 時は流れ、小学校を卒業する日が迫っていた。

 冬休みを終えたら、来年にはもう中学生だ。

 ほぼ毎日通った図書室にも、そろそろ別れを告げなければならない。


 これまでに読んだ本は、9割がファンタジーのもの。

 どうやら、私は本の中でも無類のファンタジー好きらしい。

 ダレン・シャンと書かれた本を抱えながら、人よりも人外に惹かれる内面には、まだ気づいていなかった。


 ちなみに、小学生の頃に出会ったマイ聖書バイブルは、「狐笛のかなた」と「No.6」だ。

 付け加えておくと、どちらも人外が出てくる。


 卒業を迎えても、触覚は健在だった。

 ふよりふよりと揺れながら、時折ビビッと立ち上がる。

 そして、そんな時は必ずと言っていいほど、黒き歴史を生み出す何かが待ち受けているのだ。


 入学式を終え、私はひたすら悩んでいた。

 中学生としてはもはやあるあるの悩み。

 そう、部活動についてだ。


 インドア一択。読書最高!


 そんな文言を掲げながら突き進んできた私には、帰宅部しか考えられない状況。

 しかし、何かしらの部活に入らなければならない現状に、今にも赤い涙が溢れそうだった。


 だが従わなければならない。

 ここで大人の反感を買うことは、中学生活の困難を意味する。


 たとえ中学生でも、逆らってはならない存在はきちんと把握しているのだ。

 穏便に、そして平和に過ごす。

 それが私の目標であり、願いだった。


 部活の選択に迷い、うろうろと廊下を彷徨さまよう中、不意に触覚がビビッと震えた。

 ここだ。ここに入るのだ。

 私は美術室のドアを、そっとスライドした。


 目に飛び込んできたのは、強烈な個性たちだった。


 腕に包帯を巻きつけている先輩。

 真っ赤な絵の具を手に、どう見てもアウトな絵を描いている男子。


 眼帯をした生徒は、真剣な目で鉛筆を走らせながらも、時折その眼帯を外してスケッチしている。

 どう考えても魔境だ。

 ここは暗黒が蔓延はびこる場所に違いない。


 何故なら……生徒たちの頭には、私と同じ触覚が生えていたからだ──!


「君、視えてはいけないものが視えるんだね」


「歓迎するよ、選ばれし同族部員


 思えば、本当の黒歴史はここから始まったのかもしれない。


 部長らしき女生徒が近寄ってくると、こちらに向けて手を差し出してきた。

 頭の上には、ゆらゆら揺れる触覚が。


 ようやく見つけた。

 ここが私の居場所だ!

 触覚はテンションの上がった犬の尻尾のように、ぶんぶんと大きく揺れ動いている。


 さあ、黒歴史シーズンの幕開けだ。


「ようこそ、中二病の巣窟美術部へ!」



 現在の私に、もう触覚は生えていない。

 大人になったことで、自然と取れたのだと思う。

 けれど稀に、頭のてっぺんがうずく時がある。


 大好きな本を読む時。

 自分で物語を書く時。

 そんな時は決まって、頭の上に妙な違和感を感じるのだ。


 そして今、この瞬間も……。


 

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