縋る手、殴る手、手遅れ

目々

施しようも無かったひと

 四つ上の兄が月に一度発作か儀式のように俺を殴るのはいつも仏間の畳の上で、どう暴れても逃げられないようにと躊躇なく突き倒した俺の腹の上に馬乗りになっては目論見通りに手足も視線も動かせなくなった俺をじっと眺めてから物も言わずに握った拳で肩だの腹だのを骨は折れないが痣と痛みがそれなりに長く残る程度の強さで何かの決め事でもあるかのように粛々と殴りつけてから溜め息すら吐かずに俺から離れて仏間を出ていくのが常で、俺は日に焼け傷んだ畳の上にぐったりと倒れ込んだまま咳き込んだり息をついたり吐き気や痛みを堪えたりと落ち着きのない真似をしつつ天井近くにずらりと並んでこちらに視線を向けるはずもない辛うじて続柄だけは知っているご先祖の遺影を見上げて、絶対月一なんだよなとか血が繋がってもないのによく殴れるなとか両親はいつまで気づいてないふりをしてくれるんだろうとかどうしようもないことを立ち上がれるようになるまで考えるのが常だった。


 が、俺が高校二年生の夏に兄は友人との飲み会の帰りに普段なら通りもしないだろう道の使うはずもなかったであろう歩道橋の階段から転がり落ちて、痣どころか折れたり割れたりの無残な有様の死人になってしまった。


 ので、その夏以降俺の日常から習慣が一つ消え、仏間はただ朝晩に声も知らないご先祖とどの遺影にも似ていない兄のために線香を燃やしに行く場所になり、何事もなく成績相応の大学に進学し特段の問題も起こさずに卒業し可も不可もなく平均的で一般的な企業に就職し実家を出た俺は、安アパートの台所で流しに溜まった皿を洗うたびに水や洗剤に微かに痛む日々の杜撰で雑な生活で荒れてささくれだらけの自分の指先とその浅い傷に気付いては、棺に納まった兄の傷一つない滑らかで大きな手と名前すら呼ばずにこちらを見下ろしていた墓石のように真っ黒い目ともう俺の身体のどこにも残っていないはずの痣の膿んだ赤さを思い出してしまう。

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縋る手、殴る手、手遅れ 目々 @meme2mason

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