第19話 出立の日 


 夕方、ふたりがようやく起きてきた。

 シトロンはにこにこと幸せそうで、ココティエはおずおずと恥ずかしがっていた。


「みてちょうだい。つぎの階位にいったの。ほら」


 シトロンは指先からちいさな白い炎を出した。


「熱いです」


 数メートル離れているのに熱を感じる。溶岩のそばにいるような熱の放射だった。


「あやつる力が増えたのよ。思った通り、新しいご主人様とセックスしたら、うえにあがれたわ。うふふふ、嬉しい……」

「ココティエさんも強くなったのですか?」

「もちろん、なったけど……」


 歯切れの悪いこたえだった。


「ココティエは新しいご主人様が好きになってしまって、恥ずかしいのよ。気持ちはわかるわ。察してあげなさい」

「そうですか。わかりました」

「ち、ちがっ……そんなんじゃないわ。勝手にふたりで納得しないで! ちょっと変な気持ちになっただけよ。私、お魚を見てくるから、またね」


 そういってメイドに支えられながら、ココティエは出ていった。

 テラノヴァはちいさく笑ってしまった。シトロンも笑い、会釈して出ていった。シトロンはひとりでも歩ける。精液の受けとりかたにも差があるようだった。


 その日の夜、メイドたちをつれて転移魔法陣にはいり、荷物の運搬を手伝ってもらった。人数がいれば、何十キロもひとりで持たなくてすむ。

 運んできた機材を実験室で組み立てる。

 テラノヴァはこの場所を、住みよい拠点にしようと考えていた。

 すでに他人と関わって暮らしているため、もはやひとりきりで、内省的に暮らせないと知っている。

 それでも精神的な安定につながるはずだ。


「よし」

 

 機材の配置がおわり、ひたいの汗をふく。真新しい魔道具から、防腐剤の香りがする。

 一流とまではいかないが、一般的な魔道具工房の水準はある。

 周囲をながめて、にこりと笑った。

 ポーション、魔法の杖、スクロール、それらがすべて作れる。ひとりきりで作れる。師匠の家でくらしていたときよりも、設備が整っている。

 それに気がつくと、親離れした気持ちになった。


「お師匠さま、テラノヴァはまだ生きています……」


 目を閉じて、あの世にいる母親に祈った。


 ひとりで作業できるなら、ニコラスの工房と契約をむすんで、製造をうけおってもいい。そうすれば月にいちど納品にむかうだけで、ひとりの時間が増える。

 世間と切断される。

 買い込んだ果物の苗や、穀物の種子が育てば、さらに引きこもれる。


「いい思いつきだけど……」


 おたがいにメリットがなければ、そのような契約はむすんでくれないだろう。そうなれば独り立ちしかないが、安心して暮らせるほどの顧客がいない。資金や信頼、人間関係が不足している。

 なにより交渉事をできる気がしなかった。


「どうしたんですか?」


 レーニがかがんで、顔をのぞきこんできた。白いサンドレスを着ている。テラノヴァがイドリーブ市で買った服だ。


「なるべく人とつきあわないで、お金をかせぐ方法を考えていました」

「えっ……そんなことできるんですか?」

「難しいです。社会と関わらないで生きる方法なんて、思いつきませんでした」

「ですよね。だれにも会わないなら、お金なんていらないですもんね」


 たしかにすべてが自給自足ができるなら、だれにも関わらないですむ。食べて寝るだけの原始的な生活ならば可能である。しかしそれはただ生きているだけで、欲求を満たせない。

 テラノヴァは完全な人間になりたかったし、もっと奉仕したかった。


「実はとある宗教団体が、繁殖能力をもったまま、性転換の魔法を使えるらしいです。その魔法を教えてもらうために、お金が必要です」


 たくさん寄進すれば、便宜をはかってくれるものである。腐敗した神官がわいろをもらって、秘密をもらした小説があったのでまちがいない。


「あの、妊娠って……」


 レーニが顔を赤くしている。さきほどまで見つめていたのに、目をそらした。


「魔法を学んで、ふたなりポーションに生殖機能を付与します。そうなれば、同性でも繁殖できます」

 

 テラノヴァは思いつきを口に出した。


「完成したらレーニさんもつかって、私を妊娠させてみますか?」

「え……テラノヴァさんを?」


 レーニはしばらく黙っていたが、そっと袖をつかんだ。


「……したいです」

「えっ」


 想像よりも熱のこもった視線をむけられ、テラノヴァは気後れした返事をしてしまった。

 そして、それも悪くないと思った自分に驚いていた。


 #


 1年間、イドリーブ市と屋敷を往復しながら、研究と準備に時間をつかう。

 砂嵐、砂竜巻、脱出、転移、蜘蛛糸──ポーション作成のあいだに作った杖は、ふたたび旅に出たときに使う。さらに別種類も作る。


 攻撃魔法は苦手だが、危険への対処を考えると必要だった。

 手始めに魔力弾を撃つ杖を作ろうとした。魔力の塊を撃ちだして攻撃する初級の杖だが、どうにもうまくいかない。ほかの杖とくらべて、術式を組みこむだけで5倍以上の時間がかかった。あまりの非効率さにテラノヴァはあきらめた。

 

「できたわ。見てちょうだい」

「……すごいです」


 となりで助手をしているシトロンのほうが、短時間で完成度の高い杖を作っていた。使うぶんにはそれで問題なかったが、テラノヴァにも魔導士としての矜持がある。対抗しておなじ時間で作ろうとしたが、魔法の封印に失敗した杉の杖は、無残にもねじくれてくだけちった。

 かざした両手のうちがわで、スミクズになった木のかけらが、ぼろぼろとくずれ落ちてゆく。


「あーあ壊れちゃったわね。ひとには向き不向きがあるもの。気にしないことね」


 唖然としているテラノヴァの背中を、シトロンがぽんぽんと叩いて慰めた。 

 プライドを傷つけられたテラノヴァは、杖の作成をやめた。無駄に熟練している紅蓮隕石の魔法の杖で、大小の些事を何とかしようと決めた。魔力弾とくらべて、弓矢と投石機くらい使用用途に差があるが、なんとかなると勝手に決めた。


「この杖はどうするの?」

「館に敵が攻めてきたとき、メイドに使わせましょう」

「どこからだれが来るのよ。まあいいわ、飾っておきましょ」


 シトロンはエントランスにある傘立てに、魔力弾の杖をさした。


 シトロンはそばで作業を手伝ってくれているうちに、熟練した助手になっていた。屋敷にいる日は毎日18時間ちかくを、魔道具とポーション作成に使ったため、否応なく熟練した。半人前程度に成長している。自前の能力で熱を操作できるのもよかった。過熱して不純物をとりのぞく作業に熟達している。

 これで作業効率があがり、まとまった時間が取れた。


 魔力増強文字と、その融合剤もつくった。

 これを高純度魔金にまぜて加工すれば、魔力増強の脊髄リングがつくれる。

 いそいでいないが、もし魔金が見つかったときの用意である。


 農作物の生産も順調だった。

 レーニはココティエとともに、農園と養殖池の管理をしている。最近は収穫したココナッツと蜂蜜から、お酒を量産している。

 

 テラノヴァはいちど作業を手伝いに行った。

 おおきな壺に大量の水と蜂蜜を入れて、さらにココナッツを刻んでくわえて、かきまぜる。ココティエの闇の力が発酵を促進し、30分ほどで泡が立ち、さらに30分まぜると泡がおちつく。それをろ過するとココナッツ風味のお酒ができた。恐るべき短時間で完成したが、まぜつづけた腕は痛くなった。


「発酵する時間をかえると、風味も変わるの」

「あまみが残っているお酒だと、テラノヴァさんも飲みやすいと思います」


 味見をしながら作業しているので、レーニはほろ酔いだった。機嫌よく作業をしている。ろ過した酒はおおいをかけて倉庫に保存する。 

 倉庫のなかには個人で消費しきれないほどの、大量の酒がつまっている。アルコールのとりこになっている人が見れば、一日中でもいられるだろう。奥に行くほど、度数が高く、古い。


「いちばん古いお酒を飲ませてもらったのですが、すごかったです。濃厚なのに飲みやすくて、口のなかで風味がはじけるんです。年月の重みっていうんでしょうか。深い味わいがあって、飲みこんだあとも余韻がずっと残っているんですよ」

「レーニさんが楽しそうでよかったです」

「こんどいっしょに飲みましょうね」

「はい」


 全員で作業して、屋敷の南西にあたらしく農地を開いた。そこにイドリーブ市で買った種苗を作付けする。半分は育ったが、もう半分は育ちが悪かったり、枯れたり、芽が出なかった。高温の気候に適応できない植物だった。


「覚醒ポーションに使えるカートが育ってよかったです」

「雑貨屋で売っている枝ですね。年配の人がよく噛んでいました」

「この葉だけでもある程度は効果があります。ここから成分を抽出すると、さらに効力のつよいポーションが作れます。飲むと寝ないで働けます」


「歩植研でも飲んでいる人がいました。でも何本も飲んでいる人は、イライラしてて怖かったです。突然意味のわからないことを、怒鳴ったりするんですよ」

「それは飲みすぎで中毒になっています。連続で飲むとおかしくなってしまいます」

「こわいポーションですね」


「酒とおなじです」

「お酒はそんなことないですよ。飲んだら楽しくなりますし、健康にいいです」

「ですが、このお屋敷のまえの主人は、酒で身をもち崩したそうです」

「……それってお酒のせいだったんですか? もっとほかの理由があったんじゃないです?」

「死について悩んでいたと言っていました。恐怖を誤魔化すため飲んでいたそうです」

「やっぱりお酒があるから、健康になったんじゃないですか。お酒がないと恐怖に負けていたんですよね。お酒がなかったら、もっと悪いことになっていたと思います」


 なかなか説得力があったので、テラノヴァは反論しなかった。


 夜になるといっしょに勉強する。四則演算の暗記や文字の書き取りをする。レーニは豪商や貴族階級の子弟なみの教育水準を目指していた。もうバカにされたくはないらしい。


 徐々に屋敷にいる時間が増えてきた。完成品を納品すれば、その分工房にでなくてもよくなった。ほとんど帰らなくなった家を、魔術ギルドに仲介をたのんで貸し出した。イドリーブ市は人口が増えつづけているため、すぐに借り手がみつかって、家賃収入が入った。

 そのお金は肉の定期購入費用にあてた。


 ある日、屋敷にラーがやってきた。

 門のそとで巨大なテントウムシにのっている。テラノヴァは土産をもってそとにでた。


「ラー、ひさしぶりです」

「キタ!? ウレシイ!」

「うわっ、無茶しないでください」


 テントウムシのうえからジャンプして、テラノヴァにとびついてきた。受けとめきれずに尻もちをついてしまった。コラリアがラーの腕に触手をまきつけて、しめあげている。


「カエル! ウレシイ!」

「これをどうぞ。なくなった脚のかわりに使ってください」

「アシ?」


 ちぎれた膝からしたに、特別製の義足をつける。魔導工学を駆使してつくられたバイオウェアとも呼べる生体義足は、とくに自動でうごいたりはしないが、傷口にたいするフィット感と、取り回しのいい軽さがあった。さらに装着したあいての皮膚の色を自動で判別して、違和感のない色味にかえてくれる。ねばりのある関節をうごかせば、立ちあがったり歩いたりできるようになる。


「訓練すれば歩けるようになります。がんばってください」

「ン……ダイスキ!」


 ラーはつよく抱きついてくる。体格がいいため押したおされた。胸で圧迫され息苦しくなった。


「虫に好かれるなんて、新しいご主人様は社交性が高いね」

「私たちの主人ですもの、あたりまえよ」とシトロン。


「ラー、離してください。歩いてみましょう」


 起こして手をひく。

 筋肉質のふとももは、以前よりもふとくなっている。ラーはぎこちないうごきで、一歩一歩あしをふみだす。ふらふらとして危なっかしいが、たしかに歩いていた。


「ア……ウ……」

「はじめてなのに上手です。これならすぐに、ひとりで歩けるようになります」

「グスッ……アリガト……」

「どういたしまして」


 テントウムシのそばまで歩いたラーは、そっと同族によりかかった。抱きついて泣いている。


「ところで、そちらの農作物と、こちらの魚を物々交換しませんか? おたがいに足りないものを交換しあって、豊かになりましょう」

「コウカン……? オマエ、イイ、ゼンブ、トル」

「私は専制君主ではありませんから、収奪はしませんし、税金もとりません。あくまで対等です」

「ウン……」


「ココティエさん、いちどむこうに行って、地下果樹園を見てきてください。できれば果物を多めにとってきてほしいです」

「そとにいくの? ……かまわないけど、行かなきゃだめなの?」

「ココティエさんが農地にくわしいのて、適任だと思いました。こわいのでしたら、私がいっしょに行きましょうか?」

「はあ? ……果物ね。わかったわ」

「こちらからは魚と各種ポーションがあります。あとでリストをわたしますから、みんなと相談して、ほしいものを考えておいてください」

「デキル、ナイ……オマエ、キメル」


 おまえが指導者なのだから決めろとラーは言っている。


「わかりました。なるべく狩りに行かなくてもいいように考えておきます。それと、モグラを食べなくてもいいように」

「ウン!」


 ラーとテントウムシから人間に変身したムーは、しばらく屋敷のそとに滞在していった。生の魚を喜んで食べた。干物はいまいちな反応だったが、焼くと生よりもおいしいと言っていた。

 一番好評なのは酒だった。

 酔っぱらったラーとムーは、陽気になって分別がつかなくなり、巨大な切り株を引っこ抜いた。テラノヴァたちが開墾した際に、あきらめて放置していた根を簡単にかき出し、それをかみちぎって粉々にした。酩酊時に噛むという行為で、陽の衝動を発散していた。


「ジュエキ! ジュエキ!」

「ノム! ワタシ、イチバン! ──ジュエキ、ナイ! ウガー!」

「コワス! コワス!」


 翌朝、ほじくり返された地面の穴と、くだけた木片と、空になったいくつもの酒瓶をみて、テラノヴァは驚き、レーニは引き、ココティエは笑った。

 ラーとムーは幸せそうに眠っていた。


「それじゃ、よろしくおねがいします」

「いってくるわ」

「アイ……」


 申し訳なさそうに元気がなくなったラーと、となりに立っているココティエは、テントウムシにつかまれて、砂漠に飛んでいった。


「りんごの苗木をもってきてくれるのが楽しみです」

「わぁー、りんごのお酒もいいですね」

「……はい」


 #


 おだやかな時間がすぎてゆく。オアシスの一部にポーション用の薬草畑を作ってもらった。かわりにポーションや肥料をわたす。モグラたちは支給される芋の数が2つから3つになって飢えなくなり、ワーレディバグたちは魚を食べて満足した。


 ゆったりと過ごしているうちに、準備がととのってしまった。


 テラノヴァは転移魔法陣のまえに立った。

 操作盤をうごかし、暗黒教団の支配地域にちかい都市名を選ぶ。このさきで、性別転換と妊娠の魔法を学べる。

 かばんは持った。さいふも持った。コラリアも腕につかまっている。


「留守のあいだ、お願いします」

「いってらっしゃいませ」


 シトロンとココティエが、スカートのすそをつまんで、あたまをさげた。メイドたちもならんでこうべをたれる。


「気を付けてくださいね」


 レーニが泣きそうな表情で、手を握った。


「いってきます」


 青白い光のなかでテラノヴァは足をふみいれた。ひかりの管を流される。名残惜しい気持ちを消すために、途中で配信球をつけた。しばらく待って、話しはじめる。


「ここは地脈のなかです。なかでは何も見えませんが、沿岸部の都市にむかっている途中です。今日からまた旅の配信です。期待していてください」


『があああああ!』

『さいきんはエロが多かったのに、また干上がるのか……』

『殺しが期待できるな。やったぜ』

『どこにいくの?』

 

「まずはテルトエーモの港町です。そこから船でチウ市をめざします、暗黒教団のかたになんとか・・・・お願いして、魔法を教えてもらう予定です」


『期待してる』

『うまくいくといいね』

『なんとかっておまえ……』


「お金で解決できるといいのですが、きっと大丈夫でしょう」


 ある程度の金は準備している。もしべつの対価を求められたら、そのとき考えればいい。

 視界が暗転し、閃光がほとばしる。転移魔法陣からあたらしい土地にでた。こんどの出口は明るい森のなかにある、石のテラスのうえだった。


「平和そうな森です。幸先がいいです」


 意気揚々と一歩をふみだすと、ちかくにある花畑から、妖精たちが飛びたった。


「いやぁ! 人間よ! 人間が攻めてきたわ!」

「きゃあぁぁ!」

「助けてー!」


 妖精たちは逃げまどい、一部の子はちいさな花の杖をかまえ、背中に同族をかばっている。


「えー……」


『もう無理な予感しかしなくてダメだった』

『あーあ警戒されちゃった』

『平和とはなんだったのか』

『縮小版ふたなりポーションの出番だろうが早くしろよ』


「両手をあげて、無抵抗の意志をしめしてみます。きっとわかってくれるでしょう」


『不用意に動くなよ』

『がんばれ』

『捕まえてオナホにしろ!(##### → 金貨2枚 銀貨9枚に変換)』


 月の人の奇抜すぎる発想に、テラノヴァは吹きだしそうになった。半笑いで立っている不気味なすがたに、妖精たちは泣きだした。


「落ち着いてください。何もしません。私はここを通りたいだけです」


 そういうと、残っていた妖精たちも悲鳴をあげて逃げ出した。

 妖精がおこした風に、ふわりとあまい匂いが漂った。懐かしい花の香りがした。師匠の家で暮らしていた時に、花壇でかいだ匂いだ。

 あまえるだけでよかった幼いころを思い出す。あのときは独りではなかったのに、安心して暮らせた。


「私が一番引きこもっていたときでも、お師匠様といっしょでした。ほんとうにつよいひとは、孤独でも幸せになれるのかもしれません」


『急にどうした』

『???』


「月の人がこのまえいっていた解脱を連想です。あらゆる欲望を捨てた状態が一番の幸せなら、それはひとりきりで成しとげないといけなくて、とても孤独だと思います。孤独が一番の幸せなら……私にはとても難しいです。妖精のような、自然現象が具現化した存在でも、友達と遊んでいます。社会生活と孤独は、かねあいができないと思います」


 花畑で気絶していた妖精を拾って、ちいさな木のしたに寝かせておく。


『心配しなくても、ノヴァちゃんは解脱から遠すぎるからよ』

『うんうん』

『ママが恋しくなったんだね、わかるよ』

『コラリアがずっといるなら、孤独なんて知らないだろ』


「そうかもしれません……よくわからなくなってきました」


 懐かしさに引きずられて、つい考えこんでしまう。

 両性具有の完ぺきな人間になれば、それらの答えがわかるのだろうか。理屈のうえでは肉体的に完ぺきになれば、それに付随する精神も完ぺきになる。思考する脳は肉体の一部なのだから、そうなるはずだ。


「生きるって、難しいです」


 花の香りにひっぱられて、懐かしい過去があたまから離れず、いつになく感傷的になっていた。

 月の人がなぐさめとともに、哲学的な話をコメントしてくれる。蛮地に住んでいるくせに、やさしくて博識なひとがおおい。やはり死にちかい環境にいるので、覚悟をしているのだろう。いつか言っていたメメントモリだ。


「月の人たちは頼りになります。いつもありがとうございます」


「──ちかくに町があるはずです。木にのぼって探してみましょう」


『きのぼりの時間だ!』

『ローアングルにするんだぞ』


 テラノヴァは感傷的な気持ちを追いはらって、幹に足をかけた。樹冠近くまでのぼると、遠くに壁に囲まれた町が見えた。海もみえる。帆を掲げた船のすがたもあった。

 船に乗れば、水平線のむこうにゆける。


「みえました。いきましょう」


『つぎは船旅かー。船って退屈なんだよな』

『世界一周クルーズに行ったときは、カジノが面白かった』


 妖精たちは木の影で、球体にむかってひとりごとを話すテラノヴァを、こわごわとみていた。星空の妖精が、異次元をつうじて送受信する波と粒子を感じて、あんぐりと口をあけた。

 不思議な波長に触れるため、配信球のうえから抱きついた。人間は驚いていたが、だれかにむかって妖精を紹介していた。


「きれいな色の羽をした妖精です。妖精のからだのなかには、縮小水晶があって──」


『不穏な話やめろ』


 森のなかを歩いてゆく。

 出口で野盗にであったとき、月の人はおおいに盛りあがった。


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