ささくれた20年
花森遊梨(はなもりゆうり)
第1話
ささくれ
ーここに集まるのは金さえあれば5秒で男を夫と呼べる女と誰かの夫になれるなら犬…
ーいいわ、ここに集まるビッチどもは無敵の私が皆殺しにしてくれるわ!
ーあらぁ?モテる女が何様のつもりでこのパーティに来たのかしら?結婚祝いの代わりに自慢の空手で二度と男に媚び売れない面にしてあげちゃおう!
ーあっはっは!アタシはねぇ、モテる女が婚活パーティーなんかに参加するという素人の合成したふやけたヤクをキメたような幻覚をシラフで見るあんたみたいな遺伝子上女のノータリンが一番許せないのよ…死ねやボケがァ!!
ーいやーっ!助けてー!ママァー!だからぼくはコネで婚活パーティーの司会なんてやりたくなかったんだよォーーーッ!
婚活パーティーは男女が結婚という武器で殺し合うデスゲーム。のはずなのに女同士が殺し合い、デスゲーム運営と男はみんな逃げ出した。
「なんで男女対抗デスゲームなのにこっちだけテーブル同士で殺し合うデスゲームが始まったのやら…」
私の名前は平山珠緒。この前住宅ローンに落ちた。そして婚活パーティーに参加した。そして得たのは殴った頬の感触、折れた鼻の感触、そして無尽蔵の返り血のみ。
やはり心がささくれ立っているいる時というのは、平素では考えられない行動を取ってしまうので注意が必要だ。
体に激痛が走った。
「友達がいないからってボクのことをバカにしやがって…!おまけにこんな綺麗な服で出歩くなんておまえも〇〇〇二毛作でボロ儲けか?死になよ…」
私を刺したのはジャージの男。引きこもりがそのまま外に這い出したような人間、つまりは無敵の人だ。
そして私はそんな無敵の人に刺殺されようとしている。
「グサリと刺して、それでおしまい?」
無敵の人の腕が掴まれ、ナイフが引き抜かれる。憤り、にしてはヌルリとした感情が珠緒を動かす。
無敵の人の手首をつかんでねじる。その表情が苦痛にゆがみ、指が力なく開いた。珠緒は自身の血に染まった大型ナイフを手にした。
「無敵の人が聞いて呆れちゃう」
無敵の人は思わず身を退こうとする。
「オマエ、友達いないんだってね?それはね…」
だが珠緒はすかさず踏みこみ、無敵の人の胸部に大型ナイフを突き立てる。
「お前が受験の短期記憶以外何ひとつできない脳足らずだからだよ!」
ナイフを抜き、今度は腹部を刺した。繰りかえし突き刺すうち、反響する喚き声が、空気の抜けるような音に変わった
鮮血が両者の真っ赤に染める。変わった手応えに力を込めてナイフを捻ると内臓らしき半固形物が、赤い水たまりのなかに落下する。
無敵の人は棒立ちになり、関節を曲げることなく、うつ伏せに倒れる。
まだ息のある無敵の人の背に馬乗りになり、珠緒は両太股でその胴体を締めあげた。
「いいかしら?誰もお前に生まれてきてなんて覚えはない、むしろ頼むから流産してくださいと頼んだくらい」
左手で無敵の人の口をふさぎ、右手でナイフをこめかみに深く突き立てた。一転、無敵の人は突っ伏した状態で、陸にあがった魚のよう激しく暴れる。
「勝手に産まれてきやがって…!少しは遠慮して育てよ!!」
こめかみに突き立てたナイフにさらに力を込め、柄ごと抉ってひねると、無敵の人はようやく動かなくなった
血溜まりの中に目をうつすと、色の悪くなった豚レバーに似た物体が目に入る。
「…肝臓か。婚活パーティーのやつらと違って、コイツは食生活からしてイカれていたみたいね」
ーお前たち!!そこで何をしている!
ー指導巡査から離れて1週間なのに人が殺されすぎだよ休職してえ…じゃなかった待てこらァ!!
厄介なことになりそうだ。肝臓に馳せていた思いを断ち切り、珠緒は全力疾走に転ずる。
心がささくれ立っているとろくなことはない。
ーあの人影め…警察でもないくせにまたこの町でまた殺人か?生かしておけん!
ーいや、捜査中の事故ってことでセンパイも昨日やらかしてますし、ワンチャンお仲間かもしれないじゃないですか?とりあえずいつも通りに死体とナイフに水かけときましょうって
入刈町の惨劇!無敵の人の殺傷12回を超える!
一連の事件に対し広報担当の仁山警視は
『我々は頭を悩ませている。それは私の管理職試験合格の遅さが理由ではない。例え私より早く試験に受かっている奴らだろうが準ではないキャリアだろうが今回の事件は難題だろう。
なぜから被害者の反撃にあって殺害された8人に関しては周辺がまた防犯カメラのないエリアであり周囲も水で洗われたように一切の遺留品が残されていないからだ。そう、死体はある。だが死体を作った犯人につながるものはなにもない、殺されたのが殺人を試みた者たちということもあって世論も犯人探しに熱心ではない。にも関わらず殺人が起きた以上、我々は税金泥棒の声を回避し、外面を保って実務を担う新たな人員を募るためにも、捜査に全力をあげなければならないのだ。こんな問題、キャリアがあと三万人いても解決する明暗など出てくるはずがない。
…ああ、最後の方はそっちで報道しない自由を使っておいてくれたまえ、間違いなく数字にはつながらないだろうしな。
とコメントし、捜査を続ける事を約束した。
ー
そんな朝のニュースを聞きながら、珠緒はチューブを握り、絞りこんで軟膏を脇腹の傷口に落とす。とたんに痛みを通り越し、激しい痺れが全身にひろがる。
昨夜はまったくもって最悪だった、血まみれの服は捨てなきゃならない、婚活パーティーはデスゲームになり、無敵の人に襲われてデスしかけた、そしてそいつは返り討ちにしてしまったし、殺したやつは昨日8人死んだと報道されて終わった。
昨日訪れた隣の入刈町は住民からなにもかもが年末進行でささくれ立った魔の犯罪地帯、いつ強盗や強姦、殺人が起きても不思議ではないことで有名だ。あんなところに足を踏み入れれば焼肉屋でカクテキ感覚で殺人に遭ったのも納得がいく。
そして今日も会社に行かなくてはいけないし薬学部にも行かなくてはならない。この傷で倒れてしまえば私はその場で不要な存在として切り捨てられるだけだ。…夕べ殺した無敵の人のように。
失うものがないというのは幻想だ。そう考えて誰かを殺しに行った人間は私に殺されて消えた。人も、モノも、いくら死のうが消えようが必ず変わりが効く。誰かが突然失われても穴が開くのはほんの刹那、その穴は次の瞬間に埋まる。
用がなくなれば切り捨てられるだけ、欠員は補充するもの、穴は埋めるものでしかない。
それが嫌なら今日も存在し続けるしかない。
20年の荒んだ人生の総括は、想像以上に世界に当てはまるようだ
ささくれた20年 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224
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