震える舌ァ

第1話

　私は自分の目で見たものしか信じない現実主義者だ。幽霊・UFO・お化け・妖怪変化・怪奇現象・心霊体験なんてものは端から信じていない。そんなもの、いるわけないだろう！　目に見えないものは存在しない。馬鹿を言うのもいいかげんにしろ。

　そんな私に異変が起きた。そのきっかけは、指先のささくれだった。ほんの小さな傷だったので、ほったらかしにしていた。そのうち、ささくれの周囲が赤く腫れてきた。傷口の周囲だけでなく指先全部が次第に痛くなってきて、ちょっと耐えられなくなってきたので、私は氷で指を冷やしてみたが、あまり効き目はなかった。そのうち、その指全体が紫に腫れてきた。指が曲げられず、無理に動かそうとすると、肘の辺りまで痛みが響くようになった。やがて手首の付近まで皮膚が赤黒く変色してきて、痛みも耐えられないレベルになった。

　そうなると仕事に支障を来すので、私は自力での回復を断念し、病院へ行った。何科を受診するのかと受付の者に訊かれたので、手を見せて「これは何科なんだ？」と逆に尋ねたら、すぐに救急センターへ行くよう言われた。何やら大事らしい。病院の中でも忙しそうな救急センターというエリアへ行くと、もう待っていた他の患者より先に診察室へ入るように言われた。医者や看護師が私の手を見て、驚いた様子だった。いつからこうなったのだと聞かれたので、数日前から急に腫れてきたと言ったら、これは重傷なので入院した方がいいと勧められた。人喰いバクテリアかもしれないというのだ。

　人喰いバクテリアというのは細菌感染症で、死亡率の高い怖い病気だと脅されたが、私は入院を拒否した。痛み止めさえもらえばよいと言ったら、呆れられた。医者は痛み止めだけでなく抗生剤も出すと言った。それで早く治るならと思い頷いた。

　それから医者は破傷風のワクチンだか何だかをやると言い出した。私はゾッとした。ワクチンなんて絶対にさせない。そんなものを体内に入れたら、何がどうなるか分からないからだ。考えてみるがいい！　新型コロナワクチンのせいで、何万人が死んだというのか？　新型コロナワクチンの後遺症で、何千もの人間が苦しんでいる。すべてワクチンのせいだ。それでもワクチンをやれというのか！

　ワクチンを注射しないと破傷風の発作が起きるかもしれない、と医者は警告した。私は鼻で笑った。破傷風なんて病気は聞いたことがない。ありもしない病気が存在するような嘘を言ってまでワクチンを注射させようとするなんて、どうかしている。

　私はワクチンを接種せず、数日分の薬を貰って帰宅した。薬を飲んだら、多少は良くなってきた気がする。だが、薬を飲まなくても自然治癒力で治った気がしなくもない。薬ではなく、酒を飲んで免疫力をアップさせた方が理にかなっているように思えてきた。それが正解だろう。現代医学は人の寿命を縮めることばかりしているのだ。

　そんなことを考えながら酒を飲み、そのまま休んでいたら、舌が震えてきた。それから全身の痙攣が起きた。しばらく続いて、さっきやっと止まった。

　全身の震えは、今は収まっている。だが、舌は痙攣を続けている。どうやら病院から貰った薬の副作用のようだ。そうでないとしたら、悪霊の仕業か？　いや、そんなはずはない。これはワクチン推進派の陰謀だ。それに間違いない！

　私は遂に、事件の核心へ到達した。ほんの小さなささくれの治療をすると言って有害なワクチンを人に注射しようとする暗黒勢力がいると、この体験で知ったのだ！　この真実を皆に教えなければならない――そう決意して今、ここに書き込んでいる。ああ、また痙攣が始まった。舌の震えはとりわけひどく、舌を歯で噛み切りそうになっている。この震える舌を、どうにかしたい。震える舌を。