秘密

ひぐらし ちまよったか

また今日も、少年の秘密は増える

「――どうか誰にも、話さないで下さい……」


 口づけた後、人は決まって前置いた。


 なにか切っ掛けがなければ、次の行為に踏み出せない。

 本人にしか見えない、深い恐れが有るのだろう。


 少女の様に瞳を潤ます老婦人は、また、ずいぶんと若く見えた。

 数年前から、ぼくを呼ぶ人の年齢が、下がってきている。

 きっと人の終焉は、もう、すぐそこなのだ。


「……わたくしは……兄を、愛しておりました……」


 彼女の秘密は吐息と共に、音声メモリーに記録された。



 人類は命を燃やし尽くす技を覚え、寿命を飛躍的に伸ばした。

 しかし、その弊害へいがいに彼等は『臨終』を永遠に失ってしまう。

 ある日突然、何の前触れも無く命は燃え尽き、肉体が煙の様にあとかたも無く霧散して消え去る。

 骨も残さず、身に着けていた服やアクセサリーが、ちゃらりと地面に散らばる乾いた音を鳴らし、終わりだ。


 人が手に入れた『命の完全燃焼』とは、そういった物だった。



 ――すべての人類の死にざまが、事故と同じ突然死。


 その時ヒトが恐怖したのは、心の奥へ閉じ込めたまま墓場まで持ってゆく予定の『秘密』の扱いだった。


 ある者は神に懺悔したいと願い、また、ある者は懐かしく振り返ろうと決意していた誰にも言えない秘密。


 臨終のとき、きっと思い出すだろう『それ』が、いつ来るか分からない消滅で失われる事を、最も恐れた。


 まるで、秘密を抱えて生きた事が『人生の証し』と言わんばかりだ。


 人は本当のところ『だれかに話してしまいたい』と、思っていたのかも知れない。


 たしかに人それぞれ隠した『秘密』は、その人の『個性』そのものだろう。


「――死ぬ前に、こっそり聞いてもらい、覚えておいてほしい」



 そんな人類の願望が、ぼくを作った。



 死の足音を感じる年齢になると、ぼくは自宅へ招かれる。


 家族が見守っている場合もあるし、ひとり静かに迎える時もある。


 ヒトが受け入れやすい幼い少年姿。


 頬に口づけ、耳元で囁く。



「……誰にも、話さないでね……」

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秘密 ひぐらし ちまよったか @ZOOJON

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