新人研修編
エリさんと二人きりの授業
「やあ、どうやら同じ職場だったみたいだね」
「エリさんもAIの教師だったんだ……」
俺たちは、職場にて図らずも顔を見合わせてしまった。
「では、新人研修の一環として授業を始ようか」
しばらくして、何事もなかったかのように新人研修が始まった。
どうやら、エリさんは公私をある程度分けているらしく、いつもよりちょっとだけお行儀の良い口調になっている。
「今回の授業では、AI教師という職業の重要性について解説するね。ここは、AIじゃなくてワタシたち人間が語るべきところなので、AIは全く使わずに進めるぜ」
そう言ってエリさんは機械を動かし、背中にある真っ白なカベに授業用のスライドを投影し、授業を始めた。
「今から4年前、『無敵内戦』という大規模な内戦が国内で起こった。首謀者は無敵ノリヒトという男性だ。ちなみに、無敵ノリヒトはこれで本名らしい」
どこかの県庁が巨大な爆発に巻き込まれる場面を撮った写真が載っているスライドが、壁に投影される。
昔、ネッ友のエネミレスさんから『無敵』という苗字が実在していることは聞いたことがあったので、彼の苗字自体にそこまで驚きはなかった。
「ノリヒトは社会的弱者を率いて市役所や県庁、富裕層が多く住む住宅街に大規模な被害を出し、内戦初日だけでも100万近くの人々が犠牲になったらしい」
「宝来さん、質問です。なぜ、当時の警察や国軍は彼らを止められなかったのでしょうか」
相手がいつもより丁寧になっているのに合わせ、俺も丁寧な口調で質問を行う。
「警察や国軍の中でも、職場いじめで虐げられていた層が反乱を起こして鎮圧を邪魔したからだな。その結果、内戦は1年近く続くことになったぜ」
そう言い終わると、ナナさんが次のスライドを投影する。
そこには、1万円札に書かれていた竜崎さんがなにかの書類にサインする写真が載っていた。
「3年前、『バツモト宣言』と呼ばれる講和条件をノリヒトが承諾したことで、無敵内戦が終わったんだ」
スライドが映り代わり、バツモト宣言の内容が映し出される。
◆◆◆【バツモト宣言】◆◆◆
1:我々政府はいままで弱者を切り捨てていたことを認め、これからは強弱関係なくすべての国民を尊重することを誓います。
2:無敵ノリヒトおよびその部下たちには、無期懲役以上の罰は与えません。
3:今後は、AI等を活用し労働の義務が発生しない社会を目指します。
◆◆◆【以上】◆◆◆
その条約文は、政府側にとって不利な条件ばかりであった。
「このまま内戦が続いては国の存続すら危うくなる。そう考えた政府は無敵ノリヒト陣営の主張を呑むことを決意した」
「なるほど……」
「そして、条約にある『働く義務が存在しない世界』を作る過程において、この国はAI管理社会になったのだ」
「そんな過程があったんですね……」
壁に次のスライドが投影される。
そこには、この前の夢でみた青っぽい黒髪の男性の写真が載っていた。
「現在、この国にあるAIの8割がこの『
俺は四木村式AIの国内シェア率よりも、夢に出てきた男が実在していたことに驚いた。
「四木村式AIは人間と直接的に触れ合うことで人間に対する学習データを蓄積していき、より高度な対応が可能になるという特徴があるんだ。そして……」
「AIたちに人間というものを教えることこそが、ワタシたちの仕事なのだよ」
エリさんが胸に手を当て、この授業のまとめと思われる文言を口に出す。
なるほど、確かにこの仕事内容ならAIが『名誉ある特別な役職』と言うのも納得である。
俺は、今の社会の維持どころか未来の社会に関わる重要な仕事に就いていたのだ。
ディストピア万歳~目覚めたら社会がAIに支配されていましたが、就職できた上に結婚もできてもう最高です~ 四百四十五郎 @Maburu445
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