第54話 ブランコ
「シグ!」
駆け寄ってきたヴァーツァに抱きしめられた。膝の裏側に手が差し込まれ、足が地面から離れる。
……姫抱っこ?
羞恥を感じる暇もない。
そのまま、夏の別邸へ連れて行かれた。海に浮かぶあの小島だ。
執事のトラドを筆頭に、使用人一同が迎え出た。ゾンビの皆さんから、陰気な祝祭の気配が感じられる。先頭のトラドだけが、なぜか悲し気だった。
「バタイユを置いてきてしまった」
地面に下ろされた俺は、途方に暮れた。
打ち負かされ、剣を落としたバタイユは、どれほど敗北感に打ち負かされていることだろう。気の毒でならない。しかも、そうし向けたのは俺自身だ。
「あの子なら大丈夫」
至近距離で見る美貌は、想像していた通り、やっぱり心臓に悪い。紫の瞳には、赤や青の光が、華やかに点滅している。
「それより、シグ、寝室へ……」
腕を掴んできた手を振り払った。
「ダメだよ、ヴァーツァ。エシェック村へ迎えに行かなきゃ」
やっぱりどうしても、バタイユを一人にしておくことはできない。実の兄は平気でも、俺がダメだ。失望し、弱っている人を一人にはできない。
ヴァーツァはしつこかった。
「行かなくていい。君は寝室に来るんだ」
「バタイユが先だ」
ゾンビの使用人達がざわめいたその時だった。
「彼は寝室に入れない!」
ヴァーツァが言い放った。
……?
今、何か貴重な言質を得たような……。
おずおずとメイドさんが進み出た。
「バタイユ様ならお二人と前後してお戻りになりました。今はお庭に」
「ありがとう、キャサリンさん。ヴァーツァを頼みます」
頼もしく頷き、彼女は背後からヴァーツァを羽交い絞めにした。
「何をする! 離せ!」
暴れるヴァンツァに、すぐさまトラドが助太刀に入る。
「ここは私達に任せて今のうちに!」
「ありがとう、トラドさん、キャサリンさんも!」
ヴァーツァを彼らに託し、俺は庭に向かう。
「こらっ、お前ら、ご主人様に何てことを……、しかも俺はネクロマンサーなんだそ!」
「シグモント様の為なら、
「貴方が私達にどのような罰をお与えになっても、きっとシグモント様が取りなして下さいますから!」
◇
庭の奥、楡の木陰から微かな音が聞こえた。生い茂る葉をかき分けて進んでいくと、ブランコがあった。前へ後ろへ揺れている。
バタイユが乗っていた。
「やあ、シグモント」
彼の漕ぎ方はへたくそで、頼りない。
「兄さんったら、まだヤってなかったんだ。そうか。僕を迎えに来たんだね?」
「ち、違う!」
俺は真っ赤になって俯いた。自分のつま先が見える。
含み笑いが聞こえた。
「冗談だよ。可愛いなあ、君は。いずれ、僕も混ぜてね」
「なっ!」
一気に血の気が引いていく。
「だいじょうぶ。許可があるまで行かないから」
足をぶらぶらさせながら、そんなことを言う。
「許可なんか、永遠に出ない!」
「いいさ。兄さんに頼むから」
それに関して、さっきヴァーツァが大事なことを言っていたような……。
「アンリに渡すなよ」
ブランコは止まりかけていた。バタイユは、一生懸命、揺らそうとしている。
「アンリはダメだ」
でも、国王陛下への疑いは完全に晴れた筈だ。王都の不吉な出来事を全てヴァーツァの霊障のせいにしたのには、異常気象への国民の不安をそらせる為だった。そして、背後からヴァーツァを襲ったのは、陛下の命じた騎士ではなかった……。
「陛下は、兄さんを愛している。彼の執着は異常だ。強すぎる。」
それが全ての答えだというようにバタイユは言った。
「俺ならいいの?」
そこはやっぱり気になる。全てにおいて陛下の方が格上だが、たったひとつ、ヴァーツァへの想いだけは、負ける気がしない。
「君のことは、僕も欲しいから」
「……えっ?」
にたりとバタイユが笑った。
「何をしているんだ? ブランコを漕いでくれないの?」
不服そうに言われ、静止してしまったブランコの後ろに回った。
小さな背中を力いっぱい押す。
楽し気な笑い声が、辺りに広がっていった。
fin.
お読み頂き、ありがとうございました!
コンテスト参加中につき、文字数ぎりぎりで十分な言葉が尽くせませんが、心から感謝申し上げます。
一応完結設定にしますが、伏線が残してございます。いずれ続きを、いずれ……。
柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります せりもも @serimomo
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