【ショートストーリー】薔薇色の神話
藍埜佑(あいのたすく)
【ショートストーリー】薔薇色の神話
私の知る夢の国には、美しい妖精がいた。その姿は精緻な磁器人形(ビスクドール)のようで、月明かりに照らされると、翼から煌めく光を放っていた。
私は毎夜、妖精が舞う森を夢に見ていた。かの森では時が止まったかのように、太陽は運行を緩め、樹々は淡い色を輝かせていた。しずくの音を立ててほんのり揺れる薔薇の花びら。そしてその中心に小さな妖精の姿が現れる。
その妖精には名前がなかった。私も名前を持たなかった。夢の世界にいたからだ。しかし、私は彼女の存在に心を奪われていた。
ある夜、私は妖精に声をかけた。驚いた彼女は、すぐに姿を隠そうとした。しかし私は必死に手を伸ばし、彼女の翼の一部を掴んでしまった。細かい粉が散り、眩しい光が私の掌に広がる。
「やめてください! 私の羽根が……」
妖精は恐る恐る私を見つめた。私は頭を垂れ彼女に謝った。すると彼女は笑顔を見せてくれた。私はその瞬間から、彼女に魅了されてしまった。
翌夜、私は妖精に会いたくて会いたくてたまらなかった。いつも通り、森の中を歩くと、彼女は微笑みながらそこにいた。私たちは言葉を交わさず、ただ互いを見つめあっていた。
こうして夜ごとに二人の距離は縮まり、いつしかお互いのことを思う気持ちに気づいていた。私は彼女の手を取って、この世界に永遠に留まりたいと願った。しかし妖精はそうはいかないと首を横に振った。
「ここは夢の国だから」
そう彼女は言った。
「本当の世界に行かなくちゃ」
私は納得がいかなかった。でも、妖精の言葉は私の心に刺さった。
そんなある日のこと、不思議な光が森の奥から差した。それは太陽の光とも月の光とも違っていた。妖精は恐る恐る私につぶやいた。
「外の世界の光が、差し込んでいるの。もしかしたら、私たちは目覚めるかもしれない」
私は焦った。だって一緒にいられなくなるかもしれないじゃないか。そう思うと胸が締め付けられた。でも逆らえなかった。その瞬間、強い光が私たちを包み込んだ。
目が覚めると、そこは知らない場所だった。静かな病室で、私は誰かに看護されていた。そしてベッドの横に、可愛らしい女の子が座っていた。
「君が毎晩夢を見ていた相手は、私のことなのかしら」
その女の子は優しく微笑んだ。そして、かつて妖精だった証しとして、そっと羽根を私に見せてくれた。まるで薔薇の花びらのようだった。
私はすぐに気づいた。妖精は人間の姿も持っていたのだと。そして私も、ここが現実の世界だと。だからこそ前世で好きだった相手と、今生でも出会えたのだ。
二人の距離は次第に縮まっていった。お互いの思いが通じ合い、いつかはきっと結ばれると確信した。
だって、夢の国で見つけた相手は、決して幻想ではない。この世界には魂が恋をする神話が宿っているのだから。
(了)
【ショートストーリー】薔薇色の神話 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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