後編


 ひととおり教えた後、明石は佐山美久みくに数学の過去問題を解くように言って、席を離れてこっちのテーブルにやって来た。そして椅子に腰掛けると、おもむろにバッグからタッチパッドを取り出し、画面を見始めた。


 それをちょっと覗いてみると、どうやら漫画のようだった。

「明石が漫画を読むなんて、珍しいな。何の漫画?」

 僕が言うと、

「『アイシールド21』だ。最初の1巻を読んだらやめられなくなって、全37巻買って一気読みしたんだ」

「えっ、それって」

「『密室殺人事件(※【密室の容疑者】)』のときに、三上が説明してくれたやつだ」


「アメフト漫画じゃないか。アメフトのルールを知っているのか?」

「知らなくても読めるところが凄いよな。あの事件の被害者のスマホの連絡先リストに、『ヒル魔』というのがあっただろう?『目的のためには手段を選ばないやつ』というのに興味がわいて、読んでみたんだ」


「そうか。で、どうだったヒル魔は?」

「いわゆる『裏主人公』ってやつだったな。奇策で強敵に立ち向かう、努力する天才だった。『ないものねだりしてるほどヒマじゃねえ。あるもんで最強の戦い方探ってくんだよ、一生な』というセリフは名言だったな」


 そこで明石は感慨深そうに言った。

「僕はヒル魔のような努力する天才じゃないが、考え方には共感するところがあった。三上、なぜ僕がいくつもの事件を解決できたのか、わかるか?」

「それはやはり、君も天才だからじゃないのか?」


「違うな。解決できたのは、実は単なる偶然なんだ」

その発言は、僕にはとても意外だった。


「特に『地下道殺人事件(※【迷宮入り殺人事件】)』や『工業高校殺人事件(※【凶器の行方】)』はそうだな。三上、日本の警察は優秀だよ。僕がいなくても、いずれは事件を解決していただろう。ただ、常識や定石じょうせきが邪魔をして、遠回りしてしまうこともある。『そんなミステリードラマや推理小説のようなトリックは、あり得ないだろう』という思い込みだ。僕はそのあり得ない方向に推理を働かせただけで、それはいわば保険のようなものだ」


 そこで明石はタッチパッドの漫画のページをめくって、僕に見せた。そこには敵のクォーターバックがランで中央を強行突破すると見せかけて、ロングパスを投じたのだが、それを見抜いた味方のプレイヤーがパスカットする場面が描かれてあった。


「ここでさ、パスカットしたこいつが言った言葉、『策士がやろうとしているプレーに対して、全部逆張りしていた』っていうのが、僕の推理の仕方と共通していると思う。ありえなそうなことから優先して排除していくっていう方法が、推理士のやり方に似ていると思わないか? だから、ありえなそうな推理どおりの事件だったというのは、本来なら滅多にないことのはずなんだよ。それで偶然推理が当たった格好になっているんだ」


「そんなものかな」

 事件の真相に迫る明石の推理は凄いと僕は思っていたんだが、明石はそんな風にとらえていたのか。


「だから警察に『特命係』が必要なんだよ。一番あり得なそうなところから捜査していくために」


 ああ、そういえば明石は最初の『富越山とみこしやま殺人事件(※【神体山(しんたいさん)殺人事件】』のときに言ってたな。『組織捜査って、上からの命令でしか動けないんだぜ。僕に合ってると思うか?』って。だからフリーで捜査できる『特命係』になりたいのか。


 本気で警察官になりたいと考えるようになったんだな。



「ところで明石、田中管理官から言われたんだが・・・美久ちゃんとは、くれぐれも条例に抵触することのないように、ということだ」

「あの子は3年後には結婚できる年齢になる。それまではどうこうするつもりはないよ」

「それって、3年後にはあの子と結婚するつもりってことか!?」

「そうじゃない。あの子だってそのときには気が変わっているかも知れないし、先のことなどわからんさ」


 それは美久ちゃんの気が変わらなければ、結婚してもいいという風にもとれるぞ?


「それより三上の方こそどうなんだ? 星野有紀さん(※【猫探し殺人事件】と【密室の容疑者】に登場)と付き合ってるそうじゃないか」

「だ、誰がそんなことを!?」

「僕の情報網を甘く見ないことだ」


 たぶんチクったのはサークルメンバーのうちの誰かだな。暇をもてあましていたから、尾行されていたのかも知れない。



    (終)

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【推理士・明石正孝シリーズ第8.5弾?】明石、推理を語る @windrain

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