タネあかし
高野ザンク
僕が手品をする理由
ささくれだった僕の気持ちを和ませてくれたのは手品だった。
僕の家は祖父から続くこの街の不動産屋だった。地元の家を扱うだけだから、羽振りがいいわけではないけれど、お得意様に恵まれて、家族経営でそれなりに不自由のない暮らしをしていたと思う。
小さい頃から手先が器用と言われていた。細く長い指を見て、両親がそう信じただけだと思う。だって、習わせられたピアノも、遊びでやってたプラモデルづくりも友達と比べたらてんで下手だったし、とっとと辞めてしまった(下手だと面白くなくなって飽きてしまうでしょ)。ただ、あやとりとか靴紐結びとか、そういうのは得意だったから、まあその点では他人より手先が器用だったのかもしれない。
中学3年の時、父が倒れた。脳溢血だった。
幸い命はとりとめたが、後遺症が残って普通には動けなくなってしまった。それでも会話はできたし、車椅子や杖を使って移動はできたから、店頭で仕事をしていた。
父に代わって内見の手伝いを始めたのはこの頃からだ。法律なんかでは多分ダメなんだろうけれど、こんな田舎だからね。それにお客さんは顔見知りばかりで、父の症状も知っていたから、むしろ僕が部屋の説明するのを面白がってくれた。
こう言うと、大変な状況でも家の仕事を進んで手伝う偉い子みたいに思われるかもしれないね。でも、本当はそうじゃない。
僕はそもそも他人と会うのが好きじゃないし、ましてやお客さんともなると気を遣うでしょ。そういうのが本当に嫌だったんだ(逆に「孝行息子だ」と気を遣われるのもね)。友達は放課後は部活や遊びで楽しんでいるのに、僕はまっすぐ帰宅して内見の手伝い。お小遣いはもらえたけれど、学校、手伝い、ご飯、宿題、お風呂、寝る。の毎日で使う時間も限られていた。
ある日、手伝いをサボった。
その日は学校で、友達と新しい漫画の話で盛り上がり、話し足りないから放課後に話し合おうということになった。今思えば、そんなに乗り気ではなかったのに、僕はその誘いにのってしまった。
まあ、つまりその時、僕の気持ちはささくれだっていたんだよ。
孝行息子というレッテルも嫌だったし、お客さんに気を遣うのも嫌だったし、多分、そういう日々の嫌と嫌が積み重なって、僕の行動になったんだと思う。
僕らは、学校近くのカラオケで、くだんの漫画の話もそこそこに、アニメの主題歌だの流行りの歌謡曲なんかをかわるがわるに歌った。青春を謳歌してるなーと、その時は思ったね。本当、その時だけは良かった。
夜7時過ぎに帰宅した途端、母から平手打ちをくらった。これは想定内。手伝いをほっぽらかしたこと以上に、僕が連絡もなく遅くまでほっつき歩いていたことをどれだけ心配したかを聞かされた。頬の痛さを感じながら、母の気持ちは人並みに嬉しかったけれど、同時に「反抗」している自分が誇らしかったりもした。まあ思春期ってやつだよ。
だけど、父がまた倒れたのは全くの想定外だった。
僕が担当するはずだったお客さんは母が代わりに行ってくれた。その間に、どうしてもその日に内見をしたいという人が店を訪ねてきたそうだ。父の知り合いの息子さんで、都心からの移住を考えているということだった。上手く動かない体を引き摺り、父はその人を内見に連れて行った。親切な人で、父の介添もしてくれて、内見は無事に終わった。店に戻り、仮契約を済ませ、お客さんが帰った後、父は倒れたらしい。帰ってきた母が店の入り口で横たわる父を見つけて救急車を呼び、今晩は入院することになったという。
着替えなどを届けるという母の車の助手席に乗り、僕は一緒に病院へ向かった。
死ななくて良かった、という思いと、そこまでして働かなくていいのに、という思いと、自分の愚かさと。そういうものがひとつひとつ自分のささくれになっていくのがわかった。
病室の父は思ったより元気そうだった。検査の結果、脳の異常は特に認められず、無理をしたための過労だろうということだった。
こういうところで「なあんだ」と思ってしまうように、僕は孝行息子なんかじゃなかったんだよ。ただ、自分のしたことを謝らなきゃいけないぐらいはわかっていた。
「ごめんなさい」
と言った途端に、不思議と涙が溢れた。次の言葉が出なくなるくらい。中3にもなってこんなに泣きじゃくるなんて滑稽だな、と客観的に思えたほどだ。その涙は仕事をサボった後悔なのか、心配をかけた詫びなのか、愚かな自分への怒りなのか、今の状況への悔しさなのか。多分、その全部だったんだろう。
そんな父は病院のベッドの上から、そっと僕に手を差し出した。僕は反射的にその手を握った。すると、父の手はスポンと取れた。僕はびっくりして、その手を宙に投げ出してしまったんだ!
「いやあ、びっくりしたろー」
父は僕を見て大笑いしていた。笑う父と、ひっかかった自分に、つられて笑った。手品グッズの手は、出来もあまり良くないから、普通なら作り物だと気付かれるけれど、泣きじゃくる僕には効果があった。
「買ったはいいけど、いつ使おうか悩んでたんだよなー。今しかないと思って、ワクワクしちゃったよ」
父が子供っぽい笑顔で言う。父のそんな面を初めて見た。物静かで、怒ることはほとんどなかったけれど、かと言って優しいというわけではない。ただただとっつきにくい人だった。テレビの野球観戦にしか興味のない人だと思っていたが、手品グッズが好きで、たまにデパートに行くことがあると衝動買いして、友達に披露していることを、後で母から聞いて知った。
このことがあって以来、僕は内見の手伝いの量を減らしてもらった。両親も息子に無理をさせていることはわかっていたみたい。
父は床に伏せることが増えたが、暇があれば、僕は父から手品を習った。とはいっても、手品グッズを貸してもらうだけで、あとは説明書通りにやってたんだけどね。簡単なタネの手品でも、友達が驚くのが面白かったし、やり方を変えると、すごい難しいトリックにも見えるので、夢中になった。僕はシンプルだけど人を虜にする、そんな手品がしたいんだ。手品は僕と僕の家族を……おおげさに言えば助けてくれたんだ。だから敷島が言うようなタネは使いたくない。あれはなんというか……そう、手品というより実験だ。
「でも、今のキミを助けるのは、僕の手品じゃなくて、彼の実験なんだろう」
長い長い一人語りの最後に、誠一はそう言った。
未知子と誠一は敷島の家から、再び1Kマンションの一室に戻ってきていた。誠一の目はまっすぐと未知子を捉えている。物事の確信に触れたような顔に思えた。あまりに未知子が緊張してみえたのか、彼はふっと表情を緩めた。
「時野さんは本当は未来から来たんだよね」
子どもに言い聞かすような口調で誠一は言った。未知子はもう嘘をつくわけにはいかないと思った。
「どうしてそう思ったの?」
「キミ、敷島の家で『時間が』って言ったでしょ。あいつも気づいたようだけど、僕だってちゃんと聞こえてたんだよ」
そう言って、誠一はちょっと得意げな顔をした。
「過去から来た、っていうことも考えた。でも別の世界から来たっていう説明は、僕らにとってはけっこう斬新でね。『多元宇宙』って言うの?そういうのは、ここらでは敷島みたいな奴が言う変わった考え方なんだよ。キミのいる未来では当たり前の考えなのかもしれないけれどね」
「やっぱり頭いいんだね」
手品師として世の中に名を馳せるぐらいなんだから、やっぱり優秀なんだなあと未知子は感心した。
「未来の僕も賢かったらいいんだけど」
あ、もし知ってても言わないでね、と付け加えて誠一は笑った。
「キミの時代では、敷島の箱がタイムマシンになっていたんだね」
誠一の質問に、未知子は黙ってうなづいた。
「でも時間指定して来られるような、そんなちゃんとした……って言うのかな。そういうタイムマシンじゃないんだよ。だから偶然ここに来ちゃった感じ」
自分で口に出すと、あの大脱出マジックの時間に戻るのは到底無理な気がしてきて、滅入ってくる。
「時野さん」
誠一は、彼女を落ち着かせるような口調で語りかけた。
「キミが何者であろうと、僕と未来でどんな関係であろうと、僕のところに来たというのは、意味があることなんだと思う。キミにとっても僕にとっても」
その言葉は、未知子に言い聞かせるというより、自分に言い聞かせているようにも感じた。
「僕と敷島が、キミをちゃんと元の時代に送りかえす。だから、心配しないで」
なんの根拠もない、高校生の戯言。でも、今の未知子には何よりも心強い言葉だった。
ささくれだってた少年は、その手品で、立派な大人になってるよ。
と未知子は、心の中で誠一に伝えてあげた。
タネあかし 高野ザンク @zanqtakano
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