ささくれが遺言になるかも

雲条翔

ささくれが遺言になるかも

「さ……さ……くれ……」


 百歳近い老人が、ぷるぷると震えながら言葉を絞り出す。


 広い座敷。

 布団で横になっている老人を、家族や親戚一同、トータルで三十人近くが囲んで、静かに見守っている。


「じいちゃん、なんて言ってる? ささくれ、って聞こえない?」

「なんで、病床で、ささくれなんて言うのよ」

「一応、ジジイの指先や爪を見てみるか……ささくれなんて、ないけどな」

「おじいちゃん、今、なんて言ったの!? なにか、してほしいことが、あるの?」

「…………」


 家族が声をかけたが、老人は天井を見つめたまま、黙ってしまった。


 この老人は、一代で莫大な財産を築き上げた、超がつく大金持ち。


 だが、超がつくほどのケチでもあり、傲慢な吝嗇家であった。

 家族たちからは疎まれていた。しかし、家族は従うしかない。


 なんといっても、個人の隠し資産が「兆」クラスの老人だ。

 遺産分配でほんの僅かを貰えるだけでも、数億から数千万円という莫大な分け前にあずかれる。


「嫌われたら最後だ、じっと我慢して、表面上は仲良くしなくては……」と家族たちは本音を胸に秘め、愛想笑いを顔に貼り付けて、世話をしていたのだ。


 ◆ ◆ ◆


 年の割には、老人は新しいものが好きで、パソコンやスマホも頻繁に買い換えては、若者以上に使いこなしていた。


 そんな中で倒れ、医者からは「もう長くないでしょう」との診断。

 畳の上で最期を迎えたいという自身の意思もあって、入院せずに自宅療養となったのだった。


 老人は、体力は衰え、寝たきりになり、頬は痩せこけ、声もあまり出なくなっているものの、意識はしっかりしている。認知症の片鱗などまるでない。

 本人に判断能力が認められる。そして余命わずか。遺書は書いていない。


 つまり「次の言葉が遺言になるかもしれない」という極限状態にあった。


 親戚の中には、弁護士をしている者もおり、同席して、発言を録音する準備もできている。

 老人が、その時の気分次第で「わしの全財産は○○にやろう」とひとこと言えば、法的に問題なく、財産すべてが相続できるかもしれないのだ。


 家族としては、少しでも「自分に有利な」発言をしてほしくて、ポイント稼ぎで率先して世話を焼き、心配している「素振り」を見せた。

 お前は優しいな、わしの財産をお前に譲ろう……そんな言葉が出てくるのを期待しながら。


  ◆ ◆ ◆


「さ……さ……くれ……」


 再び、老人が天井を見ながら呟いた。

 家族たちは「なにか別の言葉じゃないか」と考えてみたが、思い当たらない。


 この老人には六人の子供がいた。百歳近い老人の子供たちなので、全員が七十代だ。


 長女は、「おじいちゃんは、何か頼み事があるのよ、きっと。似た発音の言葉で、何かないかしら」と発案した。


 ここで、祖父の隠された思いを読み解くことができれば、好感触なのは間違いない。


 長男「ささくれ……そんな地名、あるんじゃないか? 死んだばあちゃんと、若い頃はあちこち旅行も行ってたらしいし。日本とは限らないか。海外旅行も好きだったから、外国の地名や、店の名前も、あたってみる必要がありそうだな」


 次男「人名ってことはないか? ジジイの昔のオンナとか。ささくれじゃなくて、あさくら、とか、ささくら、とか? さくら、がうまく言えなくて、さ、さくらって名前を呼んでるのかもしれねえな。知人や友人、同級生の名前を片っ端から探せ!」


 三男「隠し財産の場所を示す暗号じゃないか。オヤジなら、金塊に換えて、どこかに大量に隠していることもありえるよ。解読が得意なヤツが必要だな。知り合いにFBIの暗号解読専門家がいる。電話してみるよ」


 次女「ストレートに、笹がほしい、笹をくれ、ってことだったりして。……意味? 私に聞かないでよ、思いつきで言ってみただけだから」


 三女「財産なんてどうでもいいわ~、久しぶりにきょうだい全員で集まって、こうして話せて、たのし~。みんな、元気ねえ~」


 孫もいる年齢の息子や娘たちは、「ささくれ」について、頭をひねったり、口論したり、あちこちに電話して相談したり。

 三女だけは、のんびりと笑っていた。


 長男の孫、つまりは老人にとっては「ひ孫」にあたる、中学生の少年が老人の顔をのぞきこんだ。


「ひいじいちゃんのスマホは? ひいじいちゃん、パソコンやスマホ、使いこなしてたじゃん。なんかヒントあるかも」


「そうか!」


 言われて思い当たった大人たちは、老人の所有物であるパソコンやスマホなどをいじってみるが、パスワードが分からない。

 偏屈な老人は、指紋や網膜、顔認証では「不本意に解除されてしまう危険性がある」と考慮し、ロックは「数字の組み合わせ」だけで設定してある。


 部屋の片隅、皆の騒ぎから離れた場所で、自分のスマホをいじっていた制服姿の女子高生がいた。

 彼女は老人の三女の孫、つまりは彼女も「ひ孫」にあたる。


「ささくれ……か。もしかして。でもまさか……ひょっとして、心当たり、あるかも」


 その場にいた一同、ぴたりと黙って、彼女を見つめた。


「この子、とってもカンが鋭いからね~。ズバッと当てちゃうかもね~」


 孫娘を見ながら、三女が笑う。


 女子高生は、横になって天井を見ている老人に顔を寄せ、なにかを耳打ちした。


 老人は「お前もか」と驚いて目を見張り、はにかんだ女子高生は「私も悩んでる」と返した。


「何だ? じいちゃんは、何を言いたかったんだ!?」


 皆に聞かれ、女子高生は自分のスマホの画面を見せた。


「私もひいじいちゃんも、同じサイトのユーザーよ。これ」


「ささくれ」は、地名でもなく、人名でもなく、暗号でもなく、「笹くれ」という願いでもなかった。







 女子高生が見せた画面は「カクヨム」のサイトだった。


 しかも「カクヨム誕生祭2024」の「KAC2024」第4回・お題「ささくれ」のページを表示していた。


 老人も女子高生も、年齢を超えて、いいネタが思いつかずに悩んでいたのだ。

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