【KAC20244】ささくれ……名都の愛 KAC2024 (第4回お題ささくれ)

凛花

ささくれ……名都の愛 【KAC20244】

 たくさんの野菜を丁寧に洗い、それを次々と手際よく刻む


月真院げっしんいんの朝は早い


まだ、夜が開けぬうちから朝のお勤めを始める僧侶たちのための朝餉の準備……

それが名都なつの一日の始まりだった。


庭の有楽椿が雪化粧をしていた頃は水の冷たさに震えあがりそうになったが、

桜も見ごろを迎えた今

すっかり春めいた空気に笑みを浮かべた。


今日はええ花菜はなながようけあるから、お浸しにして……


それから……


あ!……筍


手を伸ばしかけて、ふと止める。

その手をいたわるようにもう片方の手で包み込んだ。


島原にいたころは


店の仕事以外、家事などほとんどすることがなかった


男衆の仙三を手伝ってたまに掃除をすることはあったが、料理などしたことが無かったのだ


料理したのは……あの日、だけ


……大好きなあのひと


たった一度だけの手料理


うれしそうに……


ほんとうにとってもうれしそうに……


……


自分の手を見る


おさんどんや広い本堂の掃除で水仕事を毎日するようになったせいだろう。

すっかり荒れてしまった手はささくれが目立つ


白魚のように美しい、とまではいかなくても……


それなりに白く滑らかで、以前はささくれなど無かった


あの日……


美しく艶やかに微笑む芸妓あのひと


「新選組の藤堂平助とすぐに別れてほしい」そう言うと芸妓あのひとは白く細い美しい指を見せびらかしながら、

平助が何度もこの手に口づけするのだと誇らしげに微笑んで見せた


ほんとうにきれいな白い指、爪には流行りの爪紅が施されている。

ささくれなどあるはずもない


いや、あってはならないのだ



自分の恋人、だったはずの平助はあの美しい指を愛でたのだろうか……



後ろに気配を感じ名都は振り返った


「……手ぇが止まってはりますけどどないかしはりましたか 」

寺の住職が優しく微笑む


「あ、堪忍どす……手ぇ、前はこないや無かったんどすけど 」

名都は恥ずかしそうに手を下に下ろす


「……ささくれだらけになってしもうて……人に見られるんが恥ずかしいんどす」

静かに目を伏せる名都


「……そうどしたか。

せやなぁ、たしかにあんたの手ぇは荒れてしもて。

ようけ……ささくれできてはりますな……」


住職はたくさんの刻まれた野菜に目をやる


「毎日、これだけの量を……ようやってくれてはりますなぁ

……感謝しとります。おおきに」


名都は黙ってかぶりを振る「お世話になってるんやさかい、これくらい……」


「その手は……あんたの優しい気持ちの数だけできたささくれや。

きれいな手やないどすか、もっと誇らしゅうしたらええ 」



名都は顔を上げた


このささくれは優しさの数……


「ご住職はん、今朝は筍の炊いたんと花菜のお浸しにしよう思ってます 」


「……好物ばっかりどす」顔をほころばせて住職が本堂のほうへ向かう


「美味しいのん作りますさかい……」


名都は大ぶりの筍を手に取ると皮をむき始めた



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