第35話 偽証と殺害

「すまない、事情が変わった。今君の質問に答えることができなくなった」

「ど、ど、ど、どういうことですか!? 分かるように説明してください!」


 さっきまで全て教えるといっておきながらの突然の方向転換、こんなの納得いくわけない。ミリアちゃんの手紙には一体なにが書いてあったの?


「もちろん事情を説明できない理由については答えよう。まず手紙の主は私の昔の知り合いだ。彼女が色々とこのゲームが現在置かれている状況を教えてくれた。まず一番の懸念事項は十大戒律『偽証』と『殺害』が誕生した。偽証者は複数いるとのことだ。まだこちらはいい。厄介なのが『殺害』だ。とにかくこいつを野放しにしておくのはまずい。早く手を打たないと大変なことになる」

「え、厄介ってことは分かりましたけど、それとあたしの質問に答えられないのとどう関係があるんです?」

「あぁ、それは『偽証』の能力が相手の嘘を見抜く、若しくは自白させる類のものである可能性が高いのだよ。今から君に伝えようとしていた事柄は本来なら全て秘匿事項、もし君の質問に答えて君が全てを知ればもし偽証者と対峙した時に相手に情報が洩れる可能性が高いのだよ。これが今質問に答えられない一番の理由だ」


 なるほど、まあ確かにあたしから情報が漏れるのを防ぐにはあたしがなにも知らないのが一番だ。スジは通ってるけど…… でも!


「情報が漏れるって! 漏れたらどうなるんですか!? これはゲームなんでしょ!? 先生の言ってることは全部こじつけにしか聞こえない! なんであたしに隠し事をするんですか? あたし、こんなんじゃもうゲームなんてできない……」


 燻っていた感情が爆発した。そりゃあ勝手に筐体を使用してしまったことは悪いとは思うけど、それにしてもなんにも教えてもらえないままゲームを続けるのは余りにも理不尽だ。

 あたしの前にいる先生はハァ、と溜息をついて、テーブルに肘をつき下を向いている。それからほんの数秒後……


「蒼君が訪れたあの場所は、本当はゲームの世界とは少し異なる。あれは10年前の大災害が起きた東京都旧S区を精密にシミュレートしたいわば箱庭だ。建物、風景、気温、湿度、そして人までも正確に再現した箱庭。そこはある目的のために構築されたのだが、その箱庭に入ることができる人間は限られる。あの箱庭に各国それぞれに思惑があり、注視している。今回新たに認定された『殺害』と『偽証』の十大戒律も他国から来たプレイヤーだ。各々があの場所で得られる情報や未知の力の為、懐の探り合いをしているのが現状だ。彼らは自国の利益の為に、なんの断りもなく我が国へ干渉してきている。これらを防ぐには君の力がいる。あの箱庭に唯一認められた君の力が」


 言葉をひとつひとつ丁寧に選びながら話すメル先生。どこまでが本当で、何処までが嘘なのかあたしには判断できないけれど、多分先生は今話せるギリギリのところをあたしに伝えてくれているのだろう。

 重要な機密情報を他国に渡すわけにはいかない。その情報源にあたしがなり得るということか。

 全てに納得がいったわけではないけれど、今はこれで我慢しておこう。きっといつか全てを話してくれる。そんな淡い期待を胸に抱いて、あたしはこれ以上追及するのを諦めた。



    ◇



「メルとの話は終わった? じゃっ帰ろっか?」

「うん、あたしゃ疲れたよ。部屋で横になりたい」


 車の中で待っていてくれたマリアに愚痴をこぼす。彼女はすっかり話し方も変わって、今までの片言風から流暢な言葉使いに一変した。未だになんだかしっくりこない部分もあるけれど、彼女にも事情があったんだ。もう割り切ろう。


「ねぇ、蒼ちゃん、さっきあの部屋で言ってたことって本当? 本当にあいつらを助けてくれるの?」


 移動中の車内、マリアが唐突に声を上げる。

 あいつら? あぁ、彼女があたしを利用してまでも助けたいといっていた彼女の仲間のことか。もちろんその気持ちに変わりはない。彼女がそこまでして助けたいと願う人達だ。あたしにできることなら喜んで協力するつもりだ。


「もちろんよ。あたしにできることなら何でも言ってね」

「うぅ、ありがとう、ありがとう……」


 あたしの一言で大粒の涙を流しだすマリア。せっかくの可愛い顔が台無しだよ。そんなに顔をくしゃくしゃにして……

 しばらくして少し落ち着いたのか、彼女はその助けたいと願う人達のことを話し出した。


「ラヴァ・リードとキース・フィッツジェラルド、このふたりがあたしが助けたい仲間よ。ふたりともあの世界の中にいる。もし何処かで出会えたらあたしのことを伝えて。彼らはペアだったからきっと一緒にいると思うけど、悪い奴らじゃないからきっと蒼ちゃんも仲良くなれるわ」

「わかった! きっとふたりを見つけ出すよ。そんでふたりに会えたらマリアちゃんのことを伝えるよ。約束する」


 その後あたしはふたりの外見の特徴を聞いた。ラヴァ・リードは燃えるような赤茶色の髪色をした小柄な女の子。失踪前はツインテールの髪型だったそうだ。もうひとり、キース・フィッツジェラルドは身長180センチくらいの金髪の男性でいつも黒のシックなビジネススーツを着ていたらしい。ぱっと見不愛想に見えるらしいけど、実際はそんなこともないらしい。

 ふたりとも中々に特徴的っぽい。特にラヴァなら一目見たらその子と分かるだろう。ふたつの十大戒律の討伐、そしてふたりの失踪者の捜索。あたしに課せられた新たな使命! 決意も新たに頑張ろう! でもさすがに今日は疲れた。早く家に帰りたい。


 だけど家に帰ったあたしに待っていたのは、休息ではなかったのだった

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志岐谷蒼は扉を開く~扉の向こうにセカイが在って、あたしを待ってた物語~ ハルパ @shin130

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